巨星墜つ!、富士市行政と産業界の功労者、関政雄氏

 今月12日、富士市行政と産業界の発展に多大な功績を残した関政雄氏が亡くなられました。94歳でした。

 関氏は、私の恩人であり、人生の師と仰いできた方です。16日に通夜、そしてきょう17日に本葬が行われ、ご遺族の依頼を受け、ご霊前に弔辞を捧げてきました。

 プライベートな事ですが、多くの方に関政男氏、その人なり、功績を知ってほしい、その思いから弔辞の全文を以下に記させていただきます。

 

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             弔辞

 

 突然の訃報に驚き、今だに亡くなられたことが信じられず、さらには、お歴々の方々がご参列するこの場で「私ごとき者が…」との戸惑いがありますが、ご遺族の意向を受け、令和2、2020年2月12日午後9時15分、入院先の聖隷富士病院で、奥様、ご家族、そして親しいご友人・知人に見送られ、黄泉の国に旅立たれた関政雄様のご霊前に向け、お別れの言葉を述べさせていただきます。

 

 地方行政と産業界に多大な功績を残された関さんと私が初めてお会いしたのは、富士ニュースの駆け出し記者だった昭和50年代前半、関さんは富士市役所のトップ職である企画調整部長でした。

 ローカル紙の駆け出し記者と市の部長、年齢も親子ほど違っていたものの取材には丁寧に応じて下さり、さらには気さくに声を掛けて下さり、あれこれ地方行政についてご教示して下さいました。

 

 40年余も前の事ですが、今でも鮮明に脳裏に刻まれています。そして、当時、思った、「関政雄さんという部長さんは、肩書や身分に関係なく、太陽が一様に光を届けるように、人と接し、人を大切にする方だ。人生の手本にしたい」、そんな思いも脳裏に刻まれています。

 

 その後の長いお付き合いでも、関さんの人柄は、私が初対面時に抱いた時と何一つ変わることはありませんでした。

 

 昭和55年、1980年に活躍の場を地方行政から産業界に移し、要請を受けて富士商工会議所の専務理事に就任。平成7年、1995年に退任するまでの間、産業界の発展に貢献され、その在任中には、商工会議所の新会館建設という内なる大事業を成し遂げ、さらには東海道新幹線の新富士駅設置運動と駅舎建設募金運動、国際友好都市・中国嘉興市に向けての環境保全の支援など商工会議所の機能を多面的に発揮され、商工会議所の存在意義の高さの社会的認知にも多大に貢献されました。

 

 関さんが専務理事在任の終盤に打ち出した豊かな潤いあるまちづくりへの提言書である『富士ルーバンシティ構想』や、商工会議所が仲介役を担った産学共同の都市開発調査研究機関の日本地域開発センターが発表した『マウント富士広域都市整備構想』は、近未来の富士地域のあるべき姿であり、今後も近未来図として耀きを放ち続ける、私は、そう確信しております。

 

 商工会議所の専務理事退任時、関さんは古希を迎えられましたが、以後もエネルギシュな人生を過ごし、吉原病院をリレーした聖隷富士病院の誕生に向けて関係方面との交渉役を担い、このほか高齢者施設の『みずほ園』や、すべての高齢者が心豊かに生きる社会づくりを目的としたNPO法人『ハイネット・富士』の役員を担うなど医療や高齢者福祉の向上に向けて活躍しておられました。

 

 私事で恐縮ですが、「海野さん、書くだけでは社会は動かない。如何なる相手でも堂々と意見を述べることが必要だ」と、モタモタしている私の尻をたたき、地方政治の場に押し出して下さったのも関さんで、後援会の会長も引き受けて下さいました。

 

 人生80年ではなく人生100年時代と言われる中、その先陣を切って歩まれ、今後も、まだまだ活躍して下さる、そう信じ切っていた中での突然のお別れでした。

 

 “巨星墜つ”、せめて、あと6年、100歳を迎えるまで活躍してほしかった。その思いが澎湃として湧き上がってきます。

 

自分を捨てて生き続け

みんなのために燃え尽きる

そういう人が、寂しく沈む、はずがない

 そんな思いも湧き上がってきます。

 

 昨夜の通夜、そして本日、告別の、この場にご臨席して下さった多くの方々も、私の思いと同じであり、ご臨席は、「関さんを、寂しく、沈ませはしない」、その思いの発露と受け止めています。

 

 お別れの時がきました。残された奥様、ご遺族の方々を、関さんが築いた無形の財産である友人、知人の皆様が支えてくれるはずです。

 

 安心して旅立って下さい。そして、風となり、光となって、このまちの、どこかで、私たちを見守って下さい。

 

 意を尽くしませんが、最後に、その願いを関さんに手向け、お別れの言葉、弔辞とさせていただきます。

 

「関政男さん、さようなら、そして、ありがとう、ございました。合掌」

 

 令和2年2月17日  富士市議会議員  海野 庄三

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雨が降ろうが…、梅の里・富士市天間地区で盛大に『梅まつり』

 暖冬によって紅梅の梅の花が満開となった、きょう2月16日の日曜日、富士市の天間地区でソフト面のまちづくり事業とする『梅まつり』がまちづくりセンターを会場に開かれ、隣接地区在住の市議として招待状を受けていたことから参加させていただきました。

 

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 天間地区の『梅まつり』は、梅の里をテーマに掲げたソフト面のまちづくり事業として昭和63年(1988年)に地区内の梅の名所である天間天満宮で初開催。平成16年(2004年)から敷地内に植栽した梅の木が成木となったまちづくりセンターに会場を移し、今年で33回目を迎えました。

 

 今年の市内のまちづくりイベントのトップを切っての開催。朝から雨が降り続き、センター広場での天間太鼓保存会や鷹岡中学校吹奏楽部の演奏などは中止を余儀なくされたものの、そのほかは予定通りに…。

 地区の皆さんの「雨がふろうが…」の気概と熱意が交差する中、ホールでは、地区の芸人出演のステージ部門が繰り広げられ、センター広場には各種団体による模擬店が…。昨年の『富士まつり』のメインイベントであるかぐや姫コンテストで選ばれた“かぐや姫”をモデルに招いての写真撮影会も行われました。

 

 来場者数は降雨により「いま一つ」だったものの、会場の雰囲気はホッカホカ。ラストの投げ餅・投げ菓子では、子どもたちの歓声がホールに交差しました。

 

「梅の花は桜の花より、なぜ早く咲くのか…」など、ややこしいことは考えず、まつりを楽しませていただきました。

 

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 ミスかぐや姫さんと(知人のカメラマンが撮影してくれました)

 

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 富士市内では天間地区の『梅まつり』を皮切りに24日(日)には岩松北地区で『梅まつり』。その後、3月1日(日)に今泉地区で『善得寺まつり』、3月8日(日)に吉永北地区で『菜の花の里まつり』、3月28日(土)に広見地区で『桜まつり』、4月4日(土)に吉原地区と鷹岡地区で『桜まつり』、4月5日(日)に丘地区で『桜まつり』が地区内の公園などを会場に開かれる予定となっています。

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富士市議会2月定例会が開会、市長が新年度施政方針述べる

 新年度(令和2年度)予算案が計上、審議されることから“予算議会”ともいわれる富士市議会の2月定例会が、きょう12日、開会しました。会期は3月18日までの36日間です。

 

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          富士市議会の本会議です

 

 初日12日は午前10時に本会議開会。専決処分の承認案の上程、採決や令和元年度一般会計補正予算案などの上程、委員会付託の後、小長井義正市長が新年度に向けての施政方針を52分間にわたって述べました。

 

 施政方針は、新年度予算の上程にあたって予算編成や市政運営の基本姿勢を示しながら主要事業を述べたもので、2期目の小長井市長にとって現任期、折り返しとなる3年目の施政方針です。

 

 新年度の予算規模も述べ、一般会計、特別会計、企業会計を合わせた総額を1,778億3,172万7千円とし、注目の生活密着予算である一般会計の予算規模は920億円としました。

 

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          施政方針を述べる小長井市長

 

 施政方針は富士市議会のウェヴサイトに組み込まれている録画中継で視聴できます。

https://www.city.fuji.shizuoka.jp/page/fmervo000000w5d3.html

 

 この市長施政方針に対する質問は、3月2日(月)から4日(水)にかけて行われ、各会派3人に1人の割合で登壇することになっています。

 

 市長と会派代表との論戦後、9日(月)に新年度予算案を上程、質疑を受け付けて委員会付託とし、総務市民と環境経済両委員会が10日(火)、11日(水)、文教民生と建設水道両委員会が12日(木)と13日(金)に審査。採決は定例会最終日となる18日(水)に予定されています。

 

(※)以下に2月定例会の日程をアップしました。

 

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「アッ!」と驚いた屋久島町の木造造りの新庁舎

 1月末、会派の視察で鹿児島県屋久島町を訪れ、観光行政の取り組みを把握してきました。担当者から説明を受けたのは、屋久島空港近くの小学校跡地に昨年5月7日に完成、開庁した新庁舎。「アッ!」と驚く地元材の杉材をふんだんに使用しての木造造りでした。

 

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          屋久島町の新庁舎全景(屋久島町ウェヴサイトから)

 

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                   視察メンバーです(新庁舎玄関前で…)

 

 観光行政の取り組みの報告を受けた後、「この庁舎、凄いですネ」と感想を述べると、「では…」と応対して下さった議会事務局長の岩川茂隆さんが庁内を案内、説明して下さいました。聞けば、「建設時の担当者だった」とのことでした。

 

 樹齢数千年の“縄文杉”で知られる屋久島は、1993年に、青森県南西部から秋田県北西部にかけて広がる白神山地と共に日本で初めてユネスコの世界自然遺産に登録され、この世界自然遺産を活かしての観光と林業が町の主力産業となっています。

 

 説明によれば、「新庁舎の建設は、2007年に屋久町と上屋久町が合併、1島1町の屋久島町が誕生した際からの懸案事業だった」といいます。

 

 敷地面積1万2、800平方辰坊てられた庁舎は木造造り2階建てで、その延べ床面積は3、629平方叩I抻了圓涼篭茲泙舛鼎りセンターに置き換えるとセンター3つ分くらい広さです。

 

 富士市でも近年、公共施設に地元材の桧材を使用していますが、大規模の学校校舎や地区まちづくりセンターなどの本体は鉄骨・鉄筋コンクリート造りで、桧材の使用は内装などにとどまっています。

 

 その点、屋久島町の新庁舎は、“木造造り”としているだけに地元材の杉材を内装だけでなく、柱や梁、そしてフロアにも使用。

 この新庁舎は、2019年度の『木材利用優良施設コンクール』で内閣総理大臣賞に輝き、柱や天井には芸術的エッセンスが施され、「庁舎全体が木造芸術作品」といった感じです。

 

 さらに、機能面にも特長が…。

 

 議会棟、フォーラム棟、行政事務棟、窓口業務棟の4棟で構成され、そのうち議会棟の中心である議場はコンサートなどにも使用が可能で、見学時には椅子やテーブルが収納されていたことからコンサートホールそのもの。議場と分かるのは壁に掲示されていた国旗と町旗程度でした。フォーラム棟には、町民と観光客の交流の場として島の歴史などが紹介され、小中学校の『学校だより』も掲示されていました。

 

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                                  議会棟の議場です

 

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                             議場の天井部分です

 

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                              行政事務棟の内部です

 

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             水飲み場にも杉材を使用

 

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        フォーラム棟には、小中学校の『学校だより』の掲示も…

 

 この新庁舎完成時、町長は、「木造の町役場だけ作って満足しているわけではない。例えば世界の自然遺産の関係者を集めて、世界的なイベントができるような動きにつなげていきたい」、さらに「この新庁舎を屋久島の杉材のモデルハウスとして島外の人に知ってもらい、杉の生産を増やし、島の林業を活性化させたい」とも話したといいます。

 

 つまり、新庁舎を世界自然遺産の屋久島の魅力と価値を世界に発信し、地元産業の観光や林業の振興に結び付ける施設に…の意気込みをもっての建設で、機能面も含め「町、そして町民のための庁舎だ」、そんな思いも抱きました。

 

 案内・説明して下さった川口さんに「建設費は…」と問うと「約24億円」とのことでした。

 

 この投資額が、一般的工法の大規模施設との比較において「高いのか、安いのか」については、「屋久島町では、一般的工法の場合、その資材のほとんどを海路で運び込まなければならない。その点、杉材は島内で調達できる。そうしたこともあって比較は難しい」との返答でした。

 地元の利を活かしての工法選択ともいえそうです。

 

 現在の富士市の10階建ての庁舎の完成は1970年で、築50年余。耐震補強などで延命化を図っているものの「10年から20年後の近未来には改築を」となります。

 

 で、「富士市も地元材の桧材を使用しての新庁舎を」の期待を抱くのですが、木造造りは、せいぜい3階建て。人口1万3千人余の屋久島町に対して富士市の人口は25万3千人余。求められる庁舎規模からして「木造造りへの挑戦には高いハードルが…」ですが、「内装を超えての地元材の利用を考察、取り組むべき」、それが庁舎視察の総括です。

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もう春ですネ…?、富士西公園の河津桜が開花

 きょう2月9日、所在区の鷹岡地区にある富士西公園に、早咲き品種の河津桜(カワズサクラ)を観に行ってきました。

 数日前の購読紙(静岡新聞)に「河津町の観光名所となっている河津川沿いの河津桜の並木が例年より1週間ほど早く開花、日照量が多い河口付近は五部咲き、上流部でも三部咲きとなり、観光客の姿が目立ちはじめた」とする記事が写真入りで掲載されていたことを受けての公園行でした。

 富士西公園の河津桜も開花しており、三部咲きといったところです。

 決して自慢できることではないのですが、自分は「花よりダンゴ人間」。という中で公園に出向いての開花チェックは、それなりの理由がありまして…。

 

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 確か3年前の事です。

 

 富士市を代表する公園の一つである富士西公園には、一般的な品種である染井吉野(ソメイヨシノ)が数多く植栽されおり、その満開時に合わせて公園を会場に毎年4月上旬、鷹岡地区まちづくり協議会主催の『桜まつり』が開かれています。

 

 3年前の、そのまつり会場で、知り合いから「早咲きの河津桜を植えれば公園来場者も多くなるのでは…」の声を受け、公園管理者である市のみどりの課に出向き、検討を申し出たところ、返ってきたのは「富士西公園には河津桜がありますよ」でした。

 

「エッ!」でした。それまで「富士西公園に河津桜が…」という話を聞いたことがありませんでした。

 

 すぐに現地を確認。多分、その植栽場所が公園内の北側部分の目立たない園路沿い。加えて、その前部には紅白の梅が植栽されており、河津桜が梅の開花時期と重なることから、開花しても「紅梅」と間違って受け止められてきたと想定されます。

 3年前の現地確認の際は、すでに葉桜で、本数は目視で10数本。根本には『富士タカオカライオンズクラブ寄贈』と記された看板が設置されていました。木の大きさからして公園造成時に寄贈、植栽されたものと思われます。

 

「花よりダンゴ人間」であることから、その植栽と開花時期を知っても公園を訪れることがなかった中での新聞記事、「一度は開花時期に観ておかなくてはなぁ〜」と思っての、きょうの公園行でした。

 

 三部咲きの開花を確認してきましたが、「やはり、場所的な面も含め、紅梅と間違え、早咲き品種の河津桜の開花に気付く人は少ないのでは…」、そんな思いが…。

 で、あれこれ写真を撮影してきました。地図も作成してアップします。

 最後の1枚は河津桜ではなく紅白の梅の花です。

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       赤マークが河津桜の植栽場所です

 

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          これは紅白の梅の花です

 

【河津桜とは…】

 カワヅザクラ。日本にあるサクラの一種。オオシマザクラカンヒザクラの自然交雑種であると推定されている。

 1955年に静岡県賀茂郡河津町の住民が河津川沿いの雑草の中で1辰曚匹慮玉擇鯣見し、庭先に植えたことが由来とされている。

 1966年から開花。当初、発見者の屋号から「小峰桜」と地元で言われてきたが、その後の学術調査で今までに無かった雑種起源の園芸品種であると判明し、1974年に「カワヅザクラ(河津桜)」と命名され、1975年に河津町の木に指定された。

 1968年頃から増殖され、町の木指定に伴い町民有志らによる植栽が河津川河口などから町内全域に広がり、河津町の観光名所となったが、樹勢劣化や病虫害による病斑や、植栽間隔が短く枝が接触することによる生育障害も見つかるようになった。

 さらに、堤防の樹木は根元から水が入り、土壌が緩んで決壊しやすくなり、流木による堤防の損壊や水位上昇につながる恐れもあることから1998年施行の改正河川法により河川区域での植樹は禁止されている。

(フリー百科事典・ウィキペディアより)

 

 

【富士西公園とは…】

 国の外郭団体の独立行政法人環境再生保全機構(旧名・環境事業団)が新東名建設による集団移転に合わせる形で大気汚染対策緑地建設事業として1998年(平成10年)に着工。富士市の意向を受け止めながら国庫補助を受けて工事を進め、その事業費は約88億円。ほぼ完成した2003年(平成15)7月に完成式が行われ富士市に完全譲渡、市は事業費を割賦償還中である。公園の管理運営は指定管理者制度により富士市振興公社が担っている。

 公園は、新東名の高架下及び、その西側に広がる緩やかな斜面地で構成されており、面積6・8ヘクタールは、富士市を代表する公園の中央公園と、ほぼ同じである。

 公園の利用時間は午前8時30分から午後7時(ただし、11月から3月までは午後6時まで)

| - | 19:35 | comments(0) | - |
日本画の故・水野あい子さん、感動の作品展開催中です】

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 知人の水野桂子さんからご丁寧な案内状をいただき、先日、富士市横割のギャラリー&コミュニティハウス『グリナート・幹(みき)』に行ってきました。桂子さんの母親で、晩年、日本画を描き続け、昨年4月に87歳で黄泉の国に旅立たれた水野あい子さんの追悼展、『水野あい子 日本画展〜富士山と花々と〜』。生前に願望していたものの宿痾(しゅくあ)もあって叶わなかった母親の思いを桂子さんが引き継ぎ、実現させた作品展です。

 スケッチから公募展応募作品まで会場にあふれんばかりに展示された作品を鑑賞した後、娘の桂子さんに母親のあい子さんについて聞いたところ、富士市を代表する日本画家の遠藤友子さんらの名が出てきて驚き、改めて「世の中、人と人は、どこかで繋がっている。出会いを大切にしなければ…」の思いを胸に刻んでいます。

 

 娘の桂子さんによれば、母親のあい子さんは、生け花、洋裁、手芸、料理のほか草花栽培、ウォーキング、山登り、旅行、クラシック音楽鑑賞と多彩な特技・趣味があったものの晩年の20年余の中心は日本画の制作。

 その作品制作にあたっては、「富士市を代表する日本画家の遠藤友子さんに指導を仰いでいた」と話され、思わず、「エッ!」と驚きの言葉を発しました。

 

 遠藤友子さんは、中央画壇の日本画府に所属、草花をモチーフにした作品を多く描き、日本画府展で最高賞の日府賞にも輝いた方。その師匠は、戦後、富士市内の県立高校の美術教師を担い、富士南麓の風景画を中心にした作品を江湖に送り出し、富士市に岩絵具使用の日本画文化を築いた村井竹山画伯です。

 

 遠藤友子さん、そして村井竹山画伯とも、前職のローカル紙の記者時代、何回となく取材をしたことがあり、また、お2人とも富士市の芸術文化の重鎮で、会議の取材でお会いすることもあり、「元気でやっていますか」など声を掛けて下さいました。

 お2人とも「絵筆を握るのが好き。そして人も好き」、そんな方で、桂子さんの母親のあい子さんも、そうした方であっただろうと思います。

 

 母親の愛子さんが描き出した草花作品からは遠藤友子さん、そして富士山を中心とした風景作品からは村井竹山画伯の面影が時空を越えて湧き上がり、そこに若かりし頃の自分がいました。

 

 命というものには限りがありますが、物だけでなく、その人の思いや人柄、さらには、その人との思い出も人から人へと未来永劫に残すことができます。“芸術文化の力”、それを実感させられる作品展でした。

 

 娘の桂子さんが実現した願望の個展、母親のあい子さんは天国の地で満面に笑みを浮かべていることだと思います。

 

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『水野あい子 日本画展〜富士山と花々と〜』は今月14日(金)まで。午前10時〜午後4時。鑑賞無料。問い合わせは『グリナート・幹(みき)』。駐車場あり。(筍娃毅苅機檻僑院檻隠沓械粥法

 

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| - | 10:43 | comments(0) | - |
富士市が新年度の予算案を内示。一般会計も“マイナス予算”です

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富士市議会の会派控室の自席です。これから配布された新年度予算書の分析に入りますが、その量の多さから、見ただけで頭がクラクラしますが、「頑張らねば…」です。

 

 富士市は、きょう2月5日に開かれた議会運営委員会に12日に開会する2月定例会に提出する新年度(令和2年度)予算案などを示しました。“予算内示”と呼ばれているものです。

 一般会計、特別会計、企業会計を合わせた予算総額は1,778億3,172万7千円で、前年度(令和元年度)比、金額で11億2,780万4千円減、率で0.6%減の“マイナス予算”となっています

 

 一般、特別、企業の三つの会計のうち、注目の生活密着予算である一般会計の予算規模は920億円で、この一般会計も過去最高だった前年度(936億円)対比で、金額で16億円減、率で1.7%減の“マイナス予算”です。

 

 しかし、です。

 

 一般会計の歳入の根幹である市税見込みは474億2,280万円。

 法人市民税が税率引下げで前年度比17.7%もの減収見込みとするも、個人市民税を給与所得の伸びにより前年度比3.1%増と見込み、固定資産税なども増収を見込み、市税全体では前年度比、金額で4億5,780万円、率で1.0%の増としています。

 

 こうした市税見込みを“プラス”としている中での一般会計の予算規模が前年度比1.7%減の“マイナス”となるのは、今秋にオープンするビッグ事業の新環境クリーンセンター建設事業費が終息に向かっていることが大きな要因。

 

 字面の上では“マイナス”となるも一般会計の歳入財源別は自主財源が58.8%となっており、この自主財源と依存財源の比率などからも富士市は健全財政を堅持しています。

 

 ゴチャゴチャと数字や分析を記すよりも、表をご覧いただいた方が、財政事情が判然とすると思い、配布された資料から新年度の予算規模、予算の特徴、財政分析表をアップしました。

 

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第32回富士市国際交流フェアに参加しました

 “心通い合う多文化共生のまち ふじ の実現に向けて”をスローガンに掲げた『国際交流フェア』が2月2日の日曜日、富士市柳島のふじさんめっせ(富士市産業交流展示場)で開かれ、参加団体の一員として異国・異文化空間にふれてきました。

 富士市と富士市国際交流協会が関係団体に呼び掛け、毎年、この時期に開催、今年で32回目でした。

 

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開会式です

 

 フェアでは、イベントタイトルである“交流”に視点を当てたステージアトラクション、展示・販売、着物のファッションショー、体験コーナー、世界の料理などのコーナーに参加団体が工夫を凝らし、それぞれのお国を紹介。

 

 自分が副会長を仰せつかっている富士市日中友好協会も展示・販売コーナーに参加してブースを設け、「中国殉難者慰霊祭」や「もちつき大会」などの協会事業を写真で紹介したほか、中国物産の小物を販売、さらに協会女性陣が中国舞踊と歌を披露、大きな拍手をいただき、協会役員として誇らしく嬉しかったです。

 

 ただ、今年も予定していた中国茶の無料サービスは、世界を震撼させている新型コロナウイルスの予防の線上で、近距離で来場者と接触することから中止と決定しました。

 

 参加した感想は、「富士市も国際色豊かなまちになった」です。参加者の多くが民族衣装を着込んだ外国籍者だから、そう感じたのかもしれませんが、いずれにせよ、富士市も国際化への道を歩んでいることは確かです。

 

 言葉や風習の壁を越えるのは容易ではないものの国際交流フェアの会場のように言語をはじめ髪や目、肌の色、そして服装の違いなどで示される国籍の違いを自然体で受け入れ、ふれあうことのできる富士市になりたいものです。

 

 2020年1月1日時点の富士市の外国人登録者は5920人で、人口に占める割合は2.34%、国籍数は59カ国となっています。比率的に多いか、どうかは「?」ですが、日常に外国籍者がいる都市です。

 

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富士市日中友好協会の女性陣による舞踊です

 

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富士市を合宿都市としているスイス水泳チームの紹介コーナー(アルプスの少女ハイジに登場するペーター役になった気分でした)

 

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富士市と国際都市を締結している中国嘉興市などの紹介コーナーも…

 

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フェアラストの豆まきにも会場にいた市議会議員も”投げ手”で参加しました

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鹿児島市の桜島噴火対策と屋久島観光事業の視察に行ってきました

 自分、海野しょうぞうが所属する富士市議会の会派・凜(りん)の会は、公明党議員団と共に1月29日から同31日まで2泊3日の日程で鹿児島県の鹿児島市を訪問、桜島噴火対策と屋久島観光事業の取り組みを把握してきました。

 会派の自主的な行政視察、「噴火対策と観光振興は富士市の今日的な課題である」との認識によるもので、かなりハードな日程でしたが、多くの収穫があり、今後、報告書にまとめることになっています。

 

 以下に、長文になりますが、視察の概要を記します。

 

 

「桜島噴火対策」

 視察1日目(1月29日)。

 鹿児島市では、市庁舎に隣接する議会棟の委員会室で担当の鹿児島市危機管理局危機管理課桜島噴火対策係の職員から噴火対策について報告を受けました。

 桜島は、大正の大噴火以降も小中規模の噴火を繰り返す中、島民人口は著しく減少したものの、関係機関の協力を得て噴火のメカニズムや特性の調査を進め、「噴火は避けられない自然現象であるものの防災対策の徹底で人命被害は避けられる」と確信。その確信をもって、大規模噴火でも“犠牲者ゼロ”を目指す防災対策に取り組んでいます。

 パワーポイントで示された、その取り組みは➀桜島の現状と対策大規模噴火対策2仍核漂劵肇奪廛轡謄9汁曚裡街猝椶ら成り、その中、の火山防災トップシティ構想では、「総合的な桜島の火山防災力の底上げと、桜島火山の魅力発信による関係人口の拡大を図るため」との説明がありました。

 桜島火山を魅力として発信、観光振興に結び付ける、その都市の逞しさ、挑戦力に驚き、感激ですらありました。

 

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「屋久島観光事業」

 視察2日目(1月30日)。

 屋久島は、白神山地と共に1993年に日本で初めて世界自然遺産に登録され、この世界自然遺産を活かした観光事業が主力産業。人口は約1万3千人で、サービス産業である第3次産業就業者が7割超です。

 自然遺産と文化遺産の違いはあるものの、世界遺産を有する富士市にとって観光事業が、いまだに模索の域を出ない中、確かな観光事業実績を築く屋久島町の取り組みの把握を試みました。

 鹿児島空港から40分余で屋久島空港着。説明を受ける場である屋久島町庁舎に向かう前にレンタカーで観光スポットの一つである“紀元杉”の視察に…。

 屋久島観光の最大の”ウリ”は樹齢数千年といわれる“縄文杉”であるものの、辿り着くには徒歩で険しい登山道を登ること数時間が必要。時間的にも(個人的な問題として)体力的にも厳しいことから「車で行ける」という“紀元杉”の視察へ。

 戦後の木材需要時代、屋久島の杉が大量に伐採された時にも1800辰ら1900辰了魁垢連なる高山地帯の杉は、その高所地形と「年間の降雨量は平野で4000ミリ、山間部では1万ミリを超える」という独特の気象条件で生き残り、世界自然遺産のシンボルとなっています。

 しかし、確かに車で行くことはできたものの、曲がりくねり、高度が高くなるにつれて道幅が「車1台の通過がやっと」という山道を走ること1時間を要しました。
 町庁舎では、まちづくり課の職員から観光事業の取り組みの説明を受け、その中では世界自然遺産ゆえによる事業の取り組みの難しさも…。
 その一つがトイレ問題で、「登山道に設けたトイレのし尿処置は、かつては山中に埋め立て処理していたものの、登山者の急増により土壌処理能力が限界を超え、かつ地下水への悪影響も懸念された」ことから人力をもって搬出。

「ヘリコプターなどの利用は…」と質問したところ、「伐採が認められていない樹木によってし尿タンクの吊り下げ、上げることの場の確保ができない」との返答でした。

 町庁舎での説明を受けた後、宿舎に向かう途中、観光スポットの一つとされる“千尋(せんぴろ)の滝”へ。

 “紀元杉”とは対照的に主要道路から10分程度の場所にあり、しかも広い駐車場と立派なトイレが整備されており、滝までは遊歩道の整備も…。修学旅行や客船利用者も迎える観光都市的な取り組みです。

 世界自然遺産を前面に出しながらも「公費を投じる以上、確かな観光事業の成果を出すためには多角的に、複眼思考をもっての取り組みが必要」、それを知らされた思いでした。

 

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「屋久島環境文化村センター」

 視察3日目(1月31日)

 訪れた屋久島環境文化村センターは、1992年に県総合基本計画の戦略プロジェクトの一つとして策定された「屋久島環境文化村構想」によって誕生した屋久島の魅力発信基地。運営は県や屋久島町の職員も出向している公益財団法人の屋久島環境文化財団です。

 休館日でしたが、視察を受け入れて下さり、館内視察と取り組んでいる事業の説明を受けました。

 外観は、20年以上も前に建築されたもののモダンで芸術的なユニークな施設でした。
 説明を受けた後の管内視察は衝撃的でした。屋久島を一つの山として捉え、螺旋状でスロープ化された山道を歩く感じで上へ上へ。両脇には写真やはく製、模型などで屋久島の動植物や地形を再現。

 さらに屋久島の魅力を伝える映像ホールも…。

 外観は全く違うものの、内部の展示コンセプトは、静岡県が2017年12月23日に総事業費41億円を投じて富士宮市内に誕生させた富士山世界遺産センターと同じでした。

 

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| - | 22:24 | comments(0) | - |
鈴川の毘沙門天大祭に向け、恒例のだるまコンテスト

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 日本三大だるま市で知られる富士市鈴川の毘沙門天大祭(今年の開催は1月31日から2月2日までの3日間)を前に今年も『開運オリジナルだるまコンテスト』が開かれ、大人の部の大賞には、時代をとらえた堀野亜弥さんの「2020年東京オリンピックだるま」、子どもの部の大賞には小学3年の佐藤龍之介君の「令和2年初日の出だるま」と決定。これら大賞作品をはじめ応募作品は吉原商店街にある市民活動センターコミュニティF(ラクロス吉原ビル2階)に展示されています。2月9日(日)まで。

 先日、コミュニティFで役員を仰せつかっている富士市日中友好協会の会合が開かれ際、展示作品を撮影してきましたので、ここにアップします。

 

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 日本三大だるま市は、富士市鈴川の妙法寺の「毘沙門天大祭だるま市」のほか、群馬県高崎市の少林山達磨寺の「少林寺七草大祭だるま市」、東京都調布市の深大寺の「厄除元大師大祭だるま市」。

 

 コンテストは、福を招く「毘沙門天大祭だるま市」の盛り上げイベントとしての開催で、今年で14回目。

 第1回から第13回までは吉原商店街にある、まちの駅「吉原宿・東木戸のくすりやさん(松栄堂薬局吉原本町駅前店)」が独自に社会貢献事業として開催。 14回目の今回は、その長年の地道な取り組みと熱意が開花する形でまちの駅吉原ブロックと富士商工会議所が協調しての開催となっています。

 

 富士市内を中心に県内外から97点(大人の部25点、子どもの部74点)の応募があり、全日本だるま研究会の中村会長らにより、独創性、メッセージ性、完成度、ユニークさなどをポイントに審査、大賞をはじめとする各賞を決定した、といいます。

 

 展示会場には応募全作品が展示され、中には独創性を強調し、あれこれデコレーションを付けたことで「これって、だるま?」の作品も…。

 触ることは“厳禁”ですが、見て、実に楽しい展示会ですよ。

 

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