笑顔交差の敬老会〜じいちゃんに スマホ教える 孫5歳〜

 きょう9月16日は敬老の日。所在区である富士市鷹岡地区厚原西区でも公会堂を会場に敬老会が開かれ、区在住の市議会議員として招かれ出席、祝辞を述べてきました。

 式典の開始前から参加者の間に笑顔が交差。その理由、原因は、主催者である区が作成、配布した式典次第の裏面に記されていた『シルバー川柳』。開始前の、しばしの時間、参加された皆さんがシルバー川柳に目を通し、思わず吹き出す川柳の数々に笑顔交差…となった次第。

 主催者の粋な計らいに感動、ついつい調子に乗って祝辞の中で川柳一句を啓上してきました。

 

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 今年の富士市の敬老会対象者は77歳以上で、市内では3万0、907人。所在区の厚原西区は1,000世帯を超える大きな区であることから462人を数えています。

 

 敬老会主催者の区では、市や社会福祉協議会からの助成金に区費の上乗せを図った費用をもって記念品、菓子、お茶、鷹岡小学校の協力を得ての児童の手紙、それに昼食弁当から成るお祝いセットを用意。会場とした公会堂の駐車場にテントを張って招待券と引き換えにお祝いセットを本人や家族の方に渡し、一人暮らしで外出が難しいなどから欠席届のあった対象者には班長や区役員、福祉推進会メンバーなどが届けました。

 

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 公会堂2階では記念式典も行い、お祝いセットを受け取りに訪れた対象者が出席。主催者挨拶や来賓祝辞、市長メッセージの紹介に続いてアトラクションも。

 “富士市の加山雄三”と呼ばれるバンドマスターが率いるギター、マンドリン、琴で編成した『フェニックス』の演奏で『月の砂漠』など懐メロを届け、一緒に歌うコーナーも。ゆっくりとした互いに長寿を祝う時間が流れていました。

 

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 さて、冒頭の主催者の粋な計らいの『シルバー川柳』、公益社団法人全国有料老人ホーム協会が募集しているもので、19回目を迎えた今年は8,793点もの作品が寄せられ、式典次第の裏面には、その応募作品から選ばれた入選作20点を紹介。

『じいちゃんに スマホ教える 孫5歳〜』

『グレーヘア したいがすでに ハゲ頭』

『初孫で 娘の家まで 定期券』

『メルカリで 誰も買わない ワシの服』

『居ないとき 妻の枕を 尻に敷く』

など、中にはカチンとくる作品があるものの、そのほとんどが思わず吹き出す作品でした。

 

 式典開始前にして笑顔交差の雰囲気を受け、祝辞に立った途端、用意していた原稿の棒読みから、その場で「私も川柳一句を啓上」と思うままの祝辞に…。

 

 披露した川柳は、最近、体験として思っている『さてやるか 立って忘れて また座る』でした。

 

 続けて、「皆さんも物忘れが多くなりませんか。私も還暦を過ぎた以降、会ったばかりの人の名前を思い出すことができず困ることが多くなりました。しかし、1年ほど前、僧侶職を兼務していた学生時代の恩師に、このことを話すと『人は40歳にして迷わずの“不惑”という言葉がある。不惑前までは多くの人に支えられてきたが、不惑以降は支える側の人生となる。よって誰しも幼馴染みだけでなく恩師や、優しくしてくれた近所のおばさん、おっかなかった近所の雷オヤジなどの名前は記憶に残っている。年齢を重ねて名前を思い出すことができなくなる、それは当たり前。支える側に回った人生を過ごしているからで記憶に残す必要もないためだ』といった教えを受けました。確かに、そうです。会ったばかりの人の名前をはじめ物忘れがあっても気にしない、気にしない。人様に迷惑をかけているのではないのですから」。

 最後は、「家庭づくり、子育ての大変な苦労の時代を過ごした末の高齢者世代、これから幸福探し、生きがい探しに挑戦を!」といったことでまとめました。

| - | 19:21 | comments(0) | - |
中秋の名月、そして敬老会…

 9月13日は、月が1年のうちで最も美しく見える日。きょう14日夜も名月、しばらく外で見とれ、ある事に思い馳せました。

 同居人(妻です)が「人生、最初で最後の挑戦!」と意を決して2カ月間の日程で国際親善交流を目的に今月初旬、地球の、ほぼ裏側の国へ。「彼の地で同じように、この月を見ているのか…」と。

 

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       富士市鷹岡地区厚原の自宅前から撮影

 

 この、さわやかな気分にさせてくれる名月に合わせるように今月16日は長寿を祝う敬老の日。この日を中心に、富士市内では町内会(区)単位や高齢者施設単位で敬老会が開かれます。

 すでに開催した施設もあり、12日に隣接区の天間地区にあるケアハウス富士の里が開催、招待状が届いていたことから出席させていただきました。

 

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 例年、あれこれと関係のある高齢者施設から招待状が届くものの、この時期の平日は市議会9月定例会があるため欠席を余儀なくされていましたが、12日は休会日だったことから出席。富士市の敬老会対象者は77歳以上で、ケアハウス富士の里では入所者の約8割の41人の方が敬老会対象でした。

 

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 式典は1階のサロンルーム。入所者のご家族も招かれ、長寿を祝う和やかな雰囲気の中、祝辞に立った来賓の「私は皆さんの背中を見て、これからも歩んでいくので、元気に、楽しく過ごしてほしい」が重みのある言葉として胸に響きました。

 さらに、お礼の言葉も印象的でした。

 最年長の99歳の女性の息子さんが母親に代わってマイクの前に立ち、「母は若くして夫に先立たれ、以後、独り身を貫き、私達を育てくれました。苦労の連続、その分、老後を楽しく過ごしてほしいと願っています」。続いて入所者に向けて「母をよろしくお願いします」。この母親にして、この息子さん、です。

 

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 今年、富士市の77歳以上の敬老会対象者は6月15日時点で3万0,907人を数え、前年度に比べて1,117人、率で3.74%の増。3万0、907人が市人口(25万3,465人=8月1日現在=)に占める割合は12.19%です。

 

 本年度中に100歳の長寿を迎えられる方は52人を数え、そのうち女性が44人、男性が8人。

 

 100歳の長寿を迎えられる方は、富士市に100歳の長寿祝金が登場した30年余前は「年間、1人か2人」という状況でしたが、ここ数年、確実に50〜60人を数え、本年度の100歳を迎える52人を含めた100歳以上は153人となっており、「人生100年時代」が数字でも示されています。

| - | 22:15 | comments(0) | - |
今回もガックリ!、閣僚記者会見のマスコミ対応

 第4次安倍晋三再改造内閣が11日午後発足。夕刻からの首相官邸で安倍首相が記者会見を行い、続いて閣僚が記者会見。その模様は、11日午後11時45分から翌日12日午前2時7分までNHK総合テレビで放映され、地方議員という立場上、根性をもって視聴したのですが、今回もガックリ。官僚の発言ではなく、マスコミの対応でした。

 

 今回の内閣改造では、19人の閣僚ポスト中、留任は麻生太郎副総理兼財務相と菅義偉官房長官の2人だけで17人が交代。そのうち初入閣は13人を数える大幅な改造でした。

 

 閣僚記者会見場の記者席は中央マスコミ各社の記者で埋まり、内閣報道官の進行で閣僚1人に対して幹事社など2人が質問。ここまでは出来レース的。続いて「時間の関係上、あと1人」として自由質問を受け付け、次にバトンタッチ。

 記者会見の前半は、それぞれ担当があるため記者が激しく入れ替わるものの、徐々に記者席の空席が目立ちはじめ、最後から2番目に登壇した地方創生、規制改革、まち・ひと・しごと創生の担当大臣である北村誠吾氏、ラスト登壇の東京五輪・パラリンピック競技大会、女性活躍、男女共同参画の担当大臣の橋本聖子氏の時点になると記者席はガラガラ。自由質問にも手があがらない状況でした。

 

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 今回に限らず、いつも閣僚記者会見は、こうしたパターンとなっています。ひと口に閣僚といってもマスコミ側が閣僚業務にランク付けを図っているためかもしれませんが、「登壇する閣僚に失礼じゃないか」、そんな思いで受け止めています。

 さらに、北村氏の担う地方創生、規制改革、まち・ひと・しごと創生、橋本氏の担う女性活躍、男女共同参画は、地方にとって重要なことであり、その面からも残念なことでした。

| - | 23:36 | comments(0) | - |
産業文化都市・富士市パート4(遊び心タップリの今泉橋)

 根方街道と接続する富士市の市道今泉3丁目7号線。今泉湧水群を水源とする県管理の1級河川、田宿川を横断、そこにある橋が実にユニーク、公共施設への文化の香り付けに加え、遊び心も盛り込みながら、1990年代、多くの日本人が心を躍らせた時代を今に伝えています。

 

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 この橋の名は『今泉橋』で、欄干には、それを伝える金属板が掲げられています。今泉地先であることから橋名は「可もなく不可もなし」といったところ。

 実にユニーク、それは欄干部分のレリーフです。欄干には『平成九年七月完成』と記された金属板も設置されていますが、これがなくてもレリーフは、その時代を伝えています。

 

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平成九年は西暦1997年ですが、1993年に公開されたアメリカ映画『ジュラッシックパーク』の影響や、日本では発掘されることが少なかった恐竜化石が各地の地方自治体や博物館による計画的発掘によって続々と発見されたこともあって恐竜の存在を身近に感じさせ、一気に恐竜ブームに…。1997年頃が、そのピークに…。

 

 また、1997年は「20世紀で最も広く観測された」といわれるヘール・ボップ彗星が地球に大接近した年でもあり、彗星核は50劼廼砲瓩涜腓く、これまで観測された彗星の中で最大級とされています。

 約3カ月もの間、肉眼でも見える状態が続き、写真を撮ると、尾が明るく長く写り、白いダスト・テイル(塵の尾)と、青いイオン・テイル(イオンの尾)をはっきりと区別することができました。

 巨大な、光を放ち続けるヘール・ボップ彗星の出現は、「彗星に続いて宇宙人の宇宙船がやってくる」といった噂も世界各地であがったほどでした。

 

 欄干には、その恐竜と地球に大接近するヘール・ボップ彗星を漫画タッチで表現したレリーフが取り付けられており、長い間、風雨にさらされて色褪せているものの、今でもはっきりと確認でき、そこから多くの日本人が心を躍らせた時代も見えてきます。

 

 このユニークな試み、若手職員のアイデアだったと言います。「良き時代」、それも伝えています。

 

 写真撮影のため橋の上に立ち、「良き時代」を確認していると、『静岡県のみずべ100選』に選ばれた田宿川の清流にふれた風が全身を包み込み、ある種の幸福感を覚えました。それは、産業文化都市・富士市の再発見、そんな言葉にも置き換えられるかもしれません。

 

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| - | 08:17 | comments(0) | - |
産業文化都市・富士市パート3(奇抜すぎる?モニュメント)

 東名高速道路の富士インターから県道353号線(道路愛称名:港大通り)を南下、市道田子浦伝法線(道路愛称名:富士見通大通り)とに分かれる分離帯の緑地に「何だ、これ?」といった物体があります。地番は富士市瓜島町、富士商工会議所会館前の通過直後です。

 

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「何だ、これ?」は、開通記念のモニュメントで、『躍動』と命名されています。

 

 モニュメントの下部には、石造りの説明碑があり、次のようなことが刻まれています。

 

「富士市発展の原動力である豊富な湧水。富士川源平合戦の水鳥の羽音と羽ばたき。竹取塚に由来するかぐや姫の優雅な姿。これらのイメージをモニュメントにデフォルメし富士市が未来に向かって躍動する形を表現しています」

 

 建立日は1989年(平成元年)3月、建立者は「静岡県」と「富士市」と記されていますが、制作者は記されていません。

 

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 説明碑を読んだ上でじっくりとモニュメントを観察すれば、天を指す円錐形は勢い良く湧き出す水、上部に設けられた2枚の円形は水鳥の羽根、そして幾重にも流れる線はかぐや姫の十二単…といったことが連想できます。

 

 産業文化都市を目指すための公共施設への文化の香り付け、その線上での取り組みといえ、説明碑を読めば「何だ、これ?」が一気に解決、「素晴らしい芸術作品だ」と評価する人もいそうです。

 

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ただ、その説明碑がある場所は、歩道上ではなく、車の往来が激しい道路の横断が必要な分離帯の中。通常では、目にすることはできません。

 奇抜過ぎる、難解な作品という点も踏まえ、その点がちょっと残念…。

| - | 08:28 | comments(0) | - |
富士市議会9月定例会の日程が決まりました。10日に開会

 富士市議会の議会運営委員会(以下、「議運」という。)は、きょう3日、委員会を開き、10日に招集される9月定例会の日程を協議、会期を10月9日までの30日間と決定しました。

 

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        富士市議会の本会議場です

 

 新年度予算案を審査する2月定例会が“予算議会”と呼ばれるのに対し、9月定例会は“決算議会”と呼ばれ、議運で当局が示した当局提出予定議案43件中、20件が一般会計歳入歳出決算認定案など平成30年度の決算認定案。そのほかは条例案10件、補正予算案7件、単行案5件、人事案1件です。

 人事案1件は、任期途中の辞任による教育委員会委員1人の後任人事です。

 決算認定案の審査と並行する形で議会基本条例に基づきピックアップした平成30年度事業の評価も下し、定例会後、市長に提出することになっています。

 

 このほか、議員発議をもって地震財特法の延長に関する意見書案の上程、採決が予定されています。

 

 定例会ごとに行われる議員個々の発言権である一般質問は、10月4日から最終日の9日までの間、4・5日間の日程が確保されており、その発言通告の締め切りは19日正午と決定。1人の持ち時間は当局答弁を含めて1時間で、日別の登壇者数は通告締め切り後の19日午後1時30分から開かれる議運で協議、決定することになっています。

 

 きょう3日には、当局提出予定の議案書の配付を受け、これを「ヨ〜イ、ドン!」とし、これから審査に向けて議案書に目を通し、これと並行して一般質問登壇に向けての調査と原稿づくりに入ります。

 が、9月定例会の議案書は決算書を中心に膨大な量。配布を受けて会派控室のデスクに広げ、その多さに「ここは何処?、これは何?」なんて支離滅裂な思いが澎湃(ほうはい)と湧き上がりましたが、もちろん、「エイ!」と掛け声をもって雑念を払い、これから活字、数字とニラメッコの戦闘開始です。

 

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        配付を受けた議案書です

 

(※) 本会議だけでなく委員会も「私語厳禁」などルールを遵守すれば誰でも傍聴が可能です。本会議は市庁舎10階、委員会は市庁舎9階に傍聴受付所が設けられます。字が小さくて見にくいかもしれませんが、3日の議運で決定した9月定例会の日程もアップしました。

| - | 22:50 | comments(0) | - |
9月1日は『防災の日』、富士市でも総合防災訓練

 きょう9月1日は『防災の日』(1960年制定)、富士市でも防災体制の強化を目的に市あげての総合防災訓練が繰り広げられました。

 市議会議員は、「それぞれ所在区のまちづくりセンターに安否を連絡するとともに所在区の自主防災訓練に参加」が求められ、その指示に基づき対応しました。

 

 訓練は、午前8時29分の同報無線放送が伝える緊急地震速報でスタート。地震の揺れの想定は“震度6強”でした。

 

 自分の所在区の厚原西区は1000世帯を超える大きな区であることから2つの自主防災会が組織されており、まず、公会堂駐車場と公園を会場にした第2自主防災会、続いて曽我八幡宮境内を会場にした第1自主防災会の訓練に参加。

 参加者は、第2自主防災会が324人、第1自主防災会が171人。共に世帯数からとらえての参加状況は5割余でした。

 

 立っているだけで額から汗がしたたり落ちる猛暑の中、フルメニューの訓練が行われ、「ハード、ソフト両面の防災が確実に前進」、それを実感できるものでした。

 

 以下、訓練状況の写真をアップします。

 

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 きょうの総合防災訓練、第2自主防災会は開始時、その後に訪れた第1自主防災会では終了時に「市議、ひと言を」とマイクを渡されため、今年は9月1日が日曜日となり小中学生が開始時から参加していることも踏まえ、7月の議員研修の報告も兼ねて、以下、次のような内容の挨拶をしていました。

 

「第2自主防災会の防災訓練開始時の挨拶」

 私は今年7月、議員研修で今から24年前の1995年1月17日に発生した「阪神・淡路大震災」からの教訓を伝える兵庫県神戸市にある災害記念館の「人と防災未来センター」を視察。国と兵庫県が60億円を投じて誕生させた、リアルなCGも駆使しての映像や模型、写真などを通して「大震災とは、その怖さとは…」を伝える施設で、職員から防災・減災の2つのポイントも聞いてきました。

 ポイント1点目ですが、「阪神・淡路大震災」の特徴は、断層がズレる直下型で震度7を記録した揺れの激しさ。この大きな揺れによって建物の崩壊が相次ぎ、犠牲者は家屋の下敷きになった方を中心に6434人を数えています。その一方で、救助された方も多くいました。

 救助は72時間、災害発生から3日間が生死の分かれ目とされる中、救助には自助、公助、共助の3つがあります。

 自助とは自らの力で危険状態を脱出、公助とは119番や110番通報を受けて現場に駆け付ける消防や警察などによる救助、そして共助は、この自主防災会など住民の助け合いでの救助です。

 大災害時、119番や110番に助けを求めても対応は限定され、大黒柱となる救助は共助で、「阪神・淡路大震災」でも救助された方の実に8割は共助、つまり自主防災会など住民の助け合いでの救助でした。

 この事例からも、「いざ!」という時に備える、きょうの防災訓練は重要な取り組みといえます。

 2点目は、平日の昼間に大災害が発生した際、機動力の中心としての期待されるのは地域にいる中学生など若い人達のパワー、この点です。

 今年の総合防災訓練は日曜日で、中学生、そして高校生などが開始時点から参加。この機会を捉え、是非、今年は中学生らが主役になるような訓練を目指して下さい。

 

 以上の挨拶の最後には、ひと際、トーンをあげて「期待しています。中学生諸君!」で締め括りました。

 

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 続いての第1自主防災会での挨拶は終了時だったことから終盤を一部変更。この時点では、すでに午前11時。予定していた他地区の自主防災会の訓練会場に訪れることができず、昼過ぎに、「訓練を見させていただく予定です」と、ある会合の場で伝えていた自主防災会の役員から「待っていたのに…」とお叱りの電話を受け、ギャフン。

「予定は未定であって決定ではありません」といったことは口が裂けても発することはできないことから、ただただ、「時間がなくて、済みません」、これを繰り返し、ご勘弁を願いました。

| - | 21:25 | comments(0) | - |
産業文化都市・富士市パート2(応接間的ポケットパーク)

 富士市のど真ん中に位置する都市計画道路臨港富士線(道路愛称名:青葉通り)と県道353号田子浦港富士インター線(同・港大通り)の交差点、それぞれ北西角に『日時』、北東角に『折り鶴』、南西角に『富士山』、南東角に『市民憲章』のオブジェ(芸術的作品)が設置されています。

 

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 交差点は「中央公園東交差点」と呼ばれ、その呼称名通り富士市を代表する地区公園である中央公園の東側にあることから「中央公園の一部分」と思われる方も多いようですが、「違います」。

 

 この産業文化都市・富士市をシンボリックに示すオブジェが誕生したのは、臨港富士線が「潤井川大橋」の開通によって東西が結ばれた直後の1985年頃でした。

 

 都市公園は、その規模によって最も身近な「街区公園(標準面積0.25如法◆峩疥抔園」(標準面積2如法廖◆崔篭荼園(標準面積4念幣紂法廖◆崛躪膰園(標準面積10〜20如法廖◆岷親宛園(標準面積15〜75如法廚覆匹吠類されていますが、交差点に設置されているオブジェは、そのいずれにも属していません。

 

 しかし、誕生させ、管理しているのは公園担当の都市整備部のみどりの課です。

 

 となれば、大都市のビル街などに設けられた「ポケットパーク」と呼ばれる小空間の憩いの場となるのですが、交差点4カ所に、それぞれオブジェ1体があるだけで、ベンチなどは設置されておらず、ポケットパークと呼ぶのは「?」。

 誕生した当時、その疑問をみどりの課にぶつけると、以下のような回答がありました。

 

「応接間的なポケットパークです」

 

 これだけでは「?」ですよネ。

 

 担当者は続けて「市内のど真ん中である、この交差点を車で通過する来訪者に歓迎の思いを伝える狙いを込めた取り組みです。応接間的なポケットパークと受け止めて下さい」。

 

 ということで『日時計』は別として、『折り鶴』はステンレス製であるものの富士市が紙のまちであることを伝え、『富士山』は富士市のシンボル、そして『市民憲章』は目指す市民像を伝える狙いが込められています。

 

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 確か、誕生時、『富士山』のオブジェは噴水機能を有していたのですが、管理の難しさのためか今は「花壇の中に富士山が…」という造りになっています。

 

『市民憲章』のオブジェの作者は、富士市出身の鍛金作家、鳥居厚夫氏で、5カ条から成る『市民憲章』が謳う市民としてあるべき行動目標である「平和」「福祉」「自然(環境保護)」「教育」「勤労」を作品化。さらに作品と合わせ作品ごとに5カ条それぞれの条文も掲示されています。

 

 作品にふれることもできることから、誕生後、知人でもある作者の鳥居氏にお会いした際、「子どもにも、作品と条文により市民憲章の意図が平易に理解できる、素晴らしい作品ですネ。ただ、いたずらや持ち去りが心配です」と話したところ、こんな返答を受けたことを覚えています。

 

「いたずらがあっても、持ち去りがあっても私はいいと思っている。それがニュースになることによって市民の間で公共空間への文化の香り付けへの関心が高まって下されば作者冥利に尽きます。いたずらや持ち去りがあっても、また、制作、設置すれば、いいじゃないですか」

 

 この鳥居氏の返答、「オレは凡人だ」を思い知らされた瞬間でした。

| - | 22:56 | comments(0) | - |
富士市庁舎2階に新々富士川橋の模型が展示されています

 富士市のFacebookアカウント「いただきへの、はじまり 富士市」に、先日、富士市庁舎2階の市民ホールに新々富士川橋の完成予想模型が展示されている記事が写真付きで紹介されていました。

 模型は、2016年1月の新々富士川橋着工に合わせ、事業担当の県富士土木事務所が地域住民からの「計画図では分かりづらい」との意見に応え作製したもので、同事務所が入居する富士総合庁舎をはじめ様々な場に展示されてきました。

 2018年11月10日に富士川ふれあいホールで行われた「富士市・富士川町合併10周年記念式典」でもロビーに展示され、その際、見学したのですが式典出席があったことから「ちょっとだけ」。

 で、今回、委員会出席で市庁舎に出向いた際、会派仲間の吉川隆之議員を誘って立ち寄り、じっくり見学、写真も撮影してきました。

 さまざまな解説文の掲示もあり、自分なりに「新々富士川橋とは…」を把握することができましたが、その一方、完成を受けて富士市の交通事情は大きく変わり、市には、その対応が急がれる、そんな思いを抱いています。

 

 以下は、「じっくり見学…」の報告記です。

 

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 1級河川の富士川を通行できる一般道路の橋梁は、富士川橋(旧国道1号)と新富士川橋(国道1号)の2橋しかなく、日交通量2万6千台を超える交通量には対応できず、慢性的な交通渋滞を招いています。

 新々富士川橋は、その交通渋滞の緩和をはじめ富士川東西の交流促進、緊急輸送路の確保などを目的に静岡県が2016年1月に建設に着手、2020年代前半の完成を目指しています。

 新東名、東名の両高速道の間に建設。事業区間は富士川右岸の県道富士川身延線木島交差点から、左岸の県道鷹岡柚木線岩松中西側交差点までの1400叩このうち橋梁部は741.5叩A澗了業費は約110億円とされています。

 

 現在、市庁舎2階ホールに展示されている模型は縮尺500分の1サイズで、長さ3.1叩幅0.4叩

 どのようなルートか、それが明確に分かるものとなっています。

 

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 解説文には、新々富士川橋建設のメリットの一つにあげられている救急搬送時間の短縮もあり、「松野地区から救急医療センターまでの所要時間は24分であるものが整備後は18分と約6分短縮」としています。

 

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 岩松地区では、県道鷹岡柚木線と都市計画道路の五味島岩本線と接続することから県道富士川身延線から市街地や東名高速、新東名高速に向かう車両のほとんどが新々富士川橋を利用することが予想されます。

 富士市の交通事情が大きく変わるだけに、市には、その対応が急がれ、交通事情のみならず都市発展の構図も変わってきそうです。

 

 市庁舎2階市民ホールでの展示は9月19日(木)まで。

 

(※)さらに詳しい情報は県富士土木事務所のホームページが伝えています。

http://www.pref.shizuoka.jp/kensetsu/ke-840/shinshin/index.html

| - | 08:35 | comments(0) | - |
富士市初…?、空きビル活用の公会堂が鷹岡に誕生

 所在区の富士市鷹岡地区を構成する12区(町内会)の一つ、入山瀬東区(鈴木克己区長)の新公会堂が誕生、先ごろ、開所式が行われました。

 区内の空きビルを購入しての新公会堂の誕生。コミュニティ推進機関である自治会組織の担当部署であるまちづくり課によれば、「多分、空きビル活用の公会堂としては富士市第1号では…」といいます。

 人口減少時代を迎え、商業ビルを含めての空き家対策が地方自治体にとって大きな課題となる中、「今回の新公会堂の誕生は空き家対策に一石を投じた」、そんな思いです。

 

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                               赤丸部分が新公会堂です

 

 入山瀬東区の登録世帯数は305世帯(6月17日現在)。市内に388を数える区の平均登録世帯数は約220世帯となっており、平均よりもやや大きな区ですが、旧公会堂はアパートでいえば1Kで、狭く、かつ老朽化。新公会堂の建設は長年の課題となっていました。

 

 3年前から班長常会での決議をもって建設に向けての積立金の積み立てを開始するなど具体的に動き出し、敷地も狭かったことから当初は「新天地に新築を…」でした。
 そんな中、区内にあった進学塾として利用されていた築10年程度の重量鉄骨3階建てビルが「空きビルとして売却」との情報が入り、所有者との話し合いの結果、「移転新築から空きビルを購入しての移転に…」と方向転換、誕生となったものです。

 

 延床面積は350平方値勝B覯地区12区の中で最も広いスペースで、駐車スペースもタップリあることから防災拠点としての機能を持たせているほか、3階の1室は鷹岡地区の和太鼓集団である曽我兄弟太鼓保存会の練習場に提供しています。

 

 場所的にも区内の中央に位置し、鷹岡地区内の基幹道である県道414号富士富士宮線(旧・国道139号線大月線)に面し、西隣は鷹岡交番であることから防犯上でも“最高の地”。

 

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 自分は、地元市議として、新公会堂誕生に向けて“地縁団体”と呼ばれる地方自治法が定めた法人化や市の補助金制度について、あれこれ相談を受け、お手伝いをさせていただきましたが、実現には区民全員の理解と協力が前提になることから「もう少し時間がかかるのでは…」と推測していた中での誕生でした。

 

 開所式には、来賓として招かれ、その開所式で挨拶に立った鈴木区長は、長年の区の課題であった新公会堂の誕生を「区長としての責務を果たせることができたが、これも役員、班長をはじめ区民全員の理解と協力のおかげ」と述べ、誕生までの艱難辛苦の歩みを思い出してか、その双眸(そうぼう)には光るものがありました。

 

 この後、指名を受けての祝辞で自分は、空きビル所有者の理解や区役員の皆さんの熱意と労苦によって新公会堂が誕生したことから「きょうの開所式が終着の日ではなく、公会堂を活かしての時代に即したコミュニティづくりの始発の日にしてほしい。次代を担う若い人達が関係者の熱意と労苦を胸に刻んで、その道を歩むことを切に願っています」といったことを述べてきました。

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