産業文化都市・富士市パート1(潤井川大橋)

 まず、先に、長文で恐縮です。

 

 アリスのヒット曲『帰らざる日々』に「夕暮れが近づいてくる 私の人生の…」のフレーズがありますが、フレーズと同様に人生の夕暮れが近づいてきた“初老市民”の年代になったこともあってか、このところ、産業文化都市に向けて富士市が輝いていた時代が懐かしく思い出されます。

 自分は、市議会議員職を仰せつかる前、1975年から2006年までの30年余、ローカル紙の記者で、その記者時代の1983年11月1日、市民の総意で『富士市民憲章』が制定されています。

『富士市民憲章』は、前文で「歴史と伝統を受け継ぎ、明日に向かって豊かな産業と文化のまちづくりをするために…」に掲げ、これを受け、いずれも「富士山のように…」とはじまる市民としてのあるべき行動目標を示す5カ条から成り立っています。

 つまり、産業文化都市・富士市に向けての市民共通の道しるべ、それが『富士市民憲章』です。

 時代は、原油価格の高騰によるオイルショックがあったものの総じて日本経済が成長、そしてバブル経済へ。この時代、行政施策において産業文化都市・富士市に向けてのさまざまな取り組みがありました。ソフト面だけでなくハード面でも…。

 今、社会保障費の増大を招く高齢社会と人口減少を招く少子化が加速度的に進み、ハード面の整備は機能面のみを重視せざるを得ない状況となっていますが、かつての産業文化都市に向けてのハード面の取り組みは富士市が後世に伝え、残すべき貴重な郷土遺産、そんな思いを抱いています。

 記者時代の記憶を辿りながら取材で知り得た貴重な富士市の産業文化都市の遺産を見詰め、記録に残そうと思います。「忘却の彼方に置き去りにしてほしくない」の願いを込めて…。

 題して『産業文化都市・富士市』。パート1は「潤井川大橋」です。

 

    潤井川大橋

 

 潤井川大橋は、1982年から3カ年の継続事業で吉原地区と富士地区を結ぶ都市計画道路臨港富士線(道路愛称名:青葉通り)に中部土地区画整理事業の一環として建設されたもので、総事業費は6億8、600万円、開通は1984年8月1日でした。

 長さ50.8叩幅34.5叩C羆にアーチをかけ、ここから支線を出して吊り橋の原理を利用して支える鋼床板単弦ローゼ橋方式を採用した巨大なアーチ形。当時、全国的にも「4例目」という珍しい工法と、その形態から「ローゼ橋」とも呼ばれています。

 

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 この潤井川大橋に対しても『富士市民憲章』が謳う産業文化都市を具現する取り組みがあり、富士山眺望の地であることから歩道スペースを十分にとり休憩のためのベンチも設置。さらに文化の香りづけとして裸婦のブロンズ像4体が設置されています。

 

 その作者、題名、設置年は、アップした順に…

 

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➀ 作者:重岡建治氏  題名:「翔(はばたき)」(1984年)

 

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◆〆郤圈Ь湘塚宜氏  題名:「求心(思いやり)」(1984年)

 

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 作者:重岡建治氏  題名:「力(たくましく)」(1984年)

 

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ぁ〆郤圈Ь湘塚宜氏  題名:「秀麗(美しく)」(1984年)

 

 重岡氏は伊東市、松田氏は藤枝市に在住していた県内の中堅彫刻家でした。

 

 これらの作品、『富士市民憲章』が謳う市民としてのあるべき行動目標をテーマにしたものですが、潤井川大橋開通時のお披露目の際、ブロンズ像の作品紹介で、その作品意図が伝えられた際の出席者の反応は一様に「?」でした。取材していた自分も「?」でした。

 

 作品の統一性を図るためか4体とも裸婦像で、市民としてのあるべき行動目標と結び付けられるのは、鳩らしきものを両手に掲げていることから「平和」を連想できる1体のみ。
 それ以前の疑問として『富士市民憲章』が謳う市民としてあるべき行動目標は、「平和」のほか「福祉」「自然(環境保護)」「教育」「勤労」とに分けての5カ条から成っているのに対して、「5体ではなく、なぜ4体なのか」があったからです。

 

 しかし、そうした疑問は大きなうねりにはなりませんでした。

 というのも橋にブロンズ像という芸術作品が組み込まれたのは富士市では初の取り組みであり、テーマ云々より、それ自体に人々の注目が集まったからです。

 

 文化の香り付けをはかった橋の誕生から35年を経過。今、振り返って、「多分、制作者の2人は、『富士市民憲章』が謳う市民としてあるべき行動目標を形としてはなく、そのすべてを咀嚼(そしゃく)、その思い、芸術的に言えば魂を作品に吹き込んだのでは…」と受け止めています。

 

 

(※)この『産業文化都市・富士市』は不定期となりますがシリーズで書き続ていきます。

| - | 19:56 | comments(0) | - |
ロゼで開催、2つのオススメコンサート

 富士市蓼原町のロゼシアターで8月25日(日)と9月22日(日)、ともに市民出演のコンサートが開かれます。案内状が届きましたので、ここに、ご紹介します。

 

 

   「富士ジュニアオーケストラの定期演奏会」

 

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 文字通り、富士市在住の“ジュニア音楽家”で結成されている富士ジュニアオーケストラが富士フィルハーモニー管弦楽団の協力を得て開く定期演奏会。

 25日は、ロゼの大ホールを会場に13時45分開演。開演を前に13時00分から30分間のロビーコンサートも。

 指揮は佐野良夫さん。ベートーヴェンの『エグモント』序曲、モーツァルトの『フィガロの結婚』よりアリア『恋とはどんなものかしら』などクラシックの名曲のほか、『レ・ミゼラブル』や『もののけ姫』などミュージカルナンバー、映画ナンバーも。

 入場料は、前売り券、当日券とも一般800円。中学生以下は無料であるものの事前に整理券の入手が必要。

 チケット、整理券などの問い合わせは事務局(筍娃毅苅機檻毅院檻械沓牽亜瓩やはら音楽事務所内)。

 

 

 「富士ミューズフルートアンサンブルの定期演奏会」

 

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 富士市在住者を中心としたフルート演奏家集団の富士ミューズフルートアンサンブルが開く定期演奏会。

 22日は、ロゼの小ホールを会場に13時30分開演。開演を前に13時15分からロビーでミニコンサートも。

 3部構成とし、客演指揮者に仲戸川智隆氏、ゲストに富士市出身のバリトンの倉藤理大氏を招き、第1部はクラシックの名曲、第2部は川崎優編曲のフルートオーケストラと声楽のための曲、第3部は大河ドラマや朝ドラのテーマ曲を演奏。

 入場料は、800円で、未就学児は無料。

 チケットの問い合わせは事務局(筍娃毅苅機檻毅院檻械沓牽亜瓩やはら音楽事務所内)。

| - | 18:13 | comments(0) | - |
あおり運転&暴行の殺人鬼に寛大な?日本

 テレビや新聞などメディア、そしてネットでも連日、熱戦の続く「夏の甲子園、高校野球」と同じくらいの扱いで「あおり運転&暴行事件」が流れています。今夜(8月17日)もテレビ各局がニュースで伝えていました。

 個人としての情報発信であるblogやFacebookでは、「ちょっといい街の話題」や「受け手に有益になる情報」を心掛け、ニュース物については「マスコミ人や専門家以上の分析をもっての主張は素人には無理。してはいけない」との思いから極力避けるようにしているのですが、今夜ばかりは「カチン」ときたので、ここに一言、啓上します。

 

 茨城県の常磐自動車道で、あおり運転をして強引に車を停止させた上、運転していた男性を殴ってけがをさせたとして茨城県警は16日、傷害の疑いで住所、職業不詳の男の逮捕状を取り全国に指名手配。男は他県でも複数回あおり運転を行ったとの情報があり、関連を調べています。

 

 テレビやネットでは、厳然たる事実であるドライブレコーダーの映像も流されています。

 10日午前6時15分ごろ常磐道上り線の守谷サービスエリア付近を走っていた茨城県阿見町の男性会社員の車の前に自分の車で入るなどして停止させた上、「殺すぞ」などと怒鳴りながら無抵抗の男性会社員の顔面を複数回殴打、完全に常軌を逸しています。

 

 傷害や殺人などの場合、そのほとんどが、それなりの理由があっての事。

 しかし、今回の事件に理由は見えず、また、傷害事件として扱われているものの、一連の行動は、「平気で人を殺すことのできる殺人鬼の所業ではないか…」、そんな思いすら抱く悪質な事件です。

 

 しかるに、この事件を取り上げたニュース番組では、あおり運転排除に向けての法整備が急がれる点にスポットが当てられ、警察OBや弁護士など、その分野の専門家であるコメンテーターからは、「飲酒運転が激減したのは、法の強化を求める世論の高まりがあってのこと。あおり運転などは法律が現実に追い付いていない。今後の世論の高まりに期待したい」など他人事のような意見が発せられています。

 

 さらに、指名手配された男に対しては、「傷害罪の最高刑は懲役15年であるものの、初犯の場合、実刑判決を免れ、執行猶予になる可能性もある」との意見も発せられています。

 

 これらに対してキャスターから反論の一言もなく、さすがプロと言わんばかりに暗い表情を一転させて笑顔に切り替え次のニュースへ。

 

 視聴したニュース番組は、「あおり運転&暴行の殺人鬼に寛大な?日本を示した」、そう思うのは自分だけでしょうか。

 

「初犯だから…」を理由にして実刑判決を免れ、執行猶予となった場合の被害者の心情、そして、執行猶予には罪状の内容からして保護観察が付くと想定されるだけに保護観察を委ねられることになる保護司の心情を思うと、いいようのない憤りが募ってきます。

 

 以下にアップした写真は公開ネットからの撮影です。

 

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74回目の終戦記念日に戦死した叔父2人に捧ぐ

 8月13日の盆入りに実家の菩提寺である富士市岩本の日蓮宗実相寺へ、そして74回目の終戦記念日である、きょう15日にはロゼシアター中ホールで開かれた市主催の「戦没者追悼式」に参列、その後、ロゼ展示室で開催中の「第32回平和のための富士戦争展(以下、「戦争展」という。)を見させていただきました。

 毎年の恒例行動であるものの、一つだけ違うのは墓参り。5人兄弟の末っ子で、いつもは実家の仏壇に手を合わせるだけ、盆入り日の墓参りは「この前は、いつだったか」と記憶にないほど久々でした。

 終戦記念日に向けてのテレビ番組でのこと、戦争体験者が語った「大切な人の命を突然、理不尽に奪われた悲しみを経験した私達が次の世代に伝え共有していくことが重要であり、かつ責務と思って必死に語り部役を担ってきたが、私達は高齢化、語り部は次々と亡くなっている。次の世代に継承してほしい」の言葉が胸を打ち、「戦死した叔父2人に向き合わねば…」、そんな思いが募ったためです。

 

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            実相寺にて…

 

 自分の出生年は1952年(昭和27年)、戦後生まれです。

 長兄だった父の弟2人が戦死したことは知っていたものの、父が戦地で腹部を貫通、体の傷以上に心にも大きな傷を受けたためか、子供の前で叔父2人について、そして戦争そのものについても語ることはありませんでした。そして50年前、父は自分が高校2年の時に癌で死んでいます。

 

 漠然とした叔父2人の戦死、そして戦争。それに向き合うことができる唯一の手段は墓でした。

 

 実家の墓には、先祖代々のお骨を納めた石塔2塔と墓誌のほか、立派な慰霊碑もあります。その慰霊碑は戦死した叔父2人の戦死を後世に伝えるものですが、これまで何か刻まれているか、じっくりと見詰めたことがありませんでした。

 

 石碑には、こう刻まれていました。

 

■ 陸軍伍長  海野 稔 昭和二十年六月八日、フィリピンルソン島で戦死、享年二十七歳

■ 陸軍一等兵 海野 勝 昭和十九年七月三十一日、太平洋で戦死、享年二十四歳

 

 さらに慰霊碑には、建立年月日が「昭和三十二年六月」、建立者が「海野つぎ」と刻まれていました。「海野つぎ」は、その翌年の1958年(昭和33年)に黄泉の国に旅立った自分の祖母、叔父2人の母です。

 

 建立は叔父2人が戦死してから10年以上を経過、祖父が亡くなってから6年後のことです。

 南方での戦死。当然、実家に届いたのは戦死を告げる紙切れのみ。祖父母は、共に20代だった息子2人の死を受け入れることができなかったのか、それとも貧農故の経済的な問題もあって慰霊碑建立が遅れたのか…。

 建立年月から「年齢的に死期を悟った祖母が若くして戦死した我が子のために一念発起したのでは…」、そんな思いが澎湃(ほうはい)として沸き起こってきました。

 

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       向かって右が叔父2人の慰霊碑です

 

 きょう15日の市主催の「戦没者追悼式」は、市議会議員としての参列でしたが、献花にあたっては遺影写真で知る叔父2人を思い描き、祖父母の無念さにも思いを馳せながら献花台に一礼してきました。

 

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富士市議会は公務で参加・参列した式典などの場合、写真などの撮影は“自粛”となっているため開式前です

 

「戦没者追悼式」の参列後に訪れた「戦争展」でも同様の思いで展示物に見入り、主催の平和富士市民の会の皆さんの熱意、尽力に心打たれるものがありました。

 

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「戦争展」は18日(日)までの開催で午前9時から午後5時。入場は無料です

 

 NHK記者出身のノンフィクション作家、柳田邦男氏は、終戦記念日に寄せる手記で、戦争体験者の立場から「国の圧倒的大半を占める戦後世代の怖さは、理屈や机上の理論で戦争を考えることにある」と記しています。

 慰霊碑と遺影写真でしか知ることができないものの、叔父2人が戦死という厳然たる史実を有する者として理屈や机上の理論を超えて「戦争とは…」を見詰め、考えていきたいと思っています。

| - | 21:37 | comments(0) | - |
素晴らしい伝統行事、久沢北区の“振りたまつ”

 夏まつりが真っ盛りという中、昨夜は所在区の隣接区である富士市鷹岡の久沢北区で24回目となるまつりが開かれ出席、まつりメインの“振りたいまつ”が披露され、幻想的、そして荘厳な夏の一夜を堪能してきました。

 

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  向かって右は鷹岡まちづくり協議会の松田幸雄会長です

 

 “振りたいまつ”は旧盆の伝統行事。久沢北区では、昭和30年以前は、ご先祖様の霊を迎えるために、小麦藁と藤蔓を材料に独特の束ね方でたいまつを作り、夜、火をつけて振り回しながら区内を練り歩いていた、といいます。

 

 しかし、代々、大人から子供に受け継がれてきたものの、交通事情に自然消滅状態に…。

 

 復活したのは、地元の篤志家により多目的広場(名称「村松グラウンド」)が誕生、地域に開放されたのを受けて夏まつり開催が決まった20数年前。保存会も結成され、今ではまつりのメインに位置付けられ、しっかりと受け継がれている素晴らしい伝統行事となっています。

 

 招待状を受け、午後5時50分からの開会式に合わせてまつり会場へ。“振りたいまつ”は午後7時が点火時間。来賓の立場上、「あまり長居をしては…」との気持ちもあったのですが、「記憶に焼き付けておこう」、それと「ブログやフェイスブックで多くの方に素晴らしい取り組み、区民の皆さんの熱意を伝えたい」、そんな思いからまつりラストの“振りたいまつ”まで滞在、写真と動画を撮影してきました。

 

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自分にとって最大の2019年夏まつり、厚原西区が開催

 旧盆を前に富士市内でも夏まつりが相次いでいますが、昨夜(8月10日の土曜日)は、自分にとって最大の夏まつりが開かれました。所在区の厚原西区の夏まつりで、会場は区内にある厚原西公園でした。終わって「ホッ」、そして「ヤレヤレ」です。

 

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 世帯数は1000世帯を超えるものの区(町内会)のまつりであることから費用が限られ、故に20張りを超えるテントをはじめ椅子、テーブルなどは、すべて、あれこれ借用も絡めながら手配して確保。その設営にあたってはまつり開始が午後3時であるものの午前8時に関係者が集合。片付けは翌日の午前中という段取りで、3年前までは関係者の熱意に最敬礼でした。

 

 というのも3年前までは、所在区の市議会議員という立場から、「あれこれ口は出すのは良くない」と来賓兼接待サポート係でまつりに参加、楽しませていただいていたのですが、重鎮役が熱中症でダウン。それを受け、前職時代、本業と並行してイベントの企画・運営の経験があったことから「踏み込んでお手伝いをさせてほしい」と申し出、以後、舞台企画と、その進行役のスタッフとしてかかわっています。

 

 今年も開催にあたっては「次代を担う子ども達を主役に…。儀礼的な部分は簡略化」をコンセプトに企画を練り上げ、開会式宣言も小学6年生2人。このほか、子ども会はダンスとよさこい、小学PTAはクイズ&ゲーム、さらに同好会組織が子供ミュージカル。もちろん、模擬店にも参加。

 

 一方、外部からの応援もあり、消防23分団は「ラーメンの店」を出店。曽我兄弟太鼓保存会も出演して下さいました。

 

 午後3時開始、午後8時15分終了。花火の打ち上げこそ費用的な面で組み込むことは出来なかったものの、ラストの抽選会では大きな盛り上がりを見せ、3等、2等、そして1等が決まると、事前に各世帯に配布した抽選券を手にする子ども達の歓喜と落胆の表情模様が会場に広がりました。

 

「次代を担う子ども達を主役に…」のまつりコンセプトを理解してか、どうかは定かではありませんが、ゲーム機を持ち込んで画面とニラメッコ…といった子は皆無(だったと思う)。

 昨夜も熱帯夜でしたが、終了後、まつり会場に流れる風は、さわやかでした。

 

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富士市斎場への進入路、「なくなりました」の看板設置

 先日、葬儀で富士市丘地区にある斎場へ。進入路が変更になったことは知っていたものの「どうなったかな」の思いがあって、以前の進入路へ。『区画整理事業により、まちづくり(道路整備など)を進めているため、ここにあった道路はなくなりました』の看板が設置されていました。簡明直截の表現、「これで、皆さん、納得できるな」でした。同時に「言うべきことは言うべきだ」、そんな思いも抱いています。

 

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 今年1月末のことでした。議員個人として開いた「市政・議会報告会」での質疑コーナーでのこと。2人の方から「富士市の斎場に入れない」。続いて「あんな立派な道路を、どうして壊したのだ。税金の無駄使いではないのか」の質問。「工事のためだと思いますよ」と返答したのですが、「…どうして壊したのだ…」については意味が良く分からなかったため「調べて、後日、ご報告します」と返答しました。

 

 昭和60年(1985年)8月に開所した富士市の斎場は、国道139号線(旧・西富士バイパス)の北側側道から進入できる立派な道路がありました。

 しかし、現場に出向くと進入路入口には歩道整備や水道工事を告げる立て看板があり、さらに平成30年(2018年)9月から斎場敷地及び周辺整備工事に伴い進入路は通行止めの措置がとられ、迂回路の利用を呼び掛ける看板も…。

 この看板を見る限り、工事による一時的な通行止め、「平成31年(2019年)3月8日まで」と看板に記されている工事終了後は進入路が再び利用できると思ってしまうのですが…。

 

 ところが、看板の奥に目を向けると、少々、大袈裟かもしれませんが、道路を塞ぐ万里の長城のような土壁が…。

 

 担当の都市整備部インター周辺区画整理課に聞けば、斎場を含む約45ヘクタールを対象に、平成18年度(2006年度)から平成37年度(2025年度)を工事期間とする新東名のインターチェンジ周辺の土地区画整理事業により道路や雨水調整池を築造中。進入路の道路を塞ぐ万里の長城のような土壁は、その築造の一環で、従来の進入道路は一時的な通行止めではなく“廃止”ということでした。

 

 そこで、質問者の疑問を伝えると、「分かりやすい看板の設置を検討します」との回答があり、今回、葬儀参列の機会をとらえて、「回答を、どう具現化したかを確認に…」となった次第です。

 報告会で抗議を受けていただけに個人的にも「ヤレヤレ」です。

 

 以下にアップした写真は、今年1月時点の進入道路前の看板、現在の看板、その拡大図、迂回路案内図の順です。

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凄いぞ!富士市の中高年、10日の男女共同参画学級のプレゼンター役に…

 富士市と静岡県JICAシニア海外ボランティア協会が協調しての『自分らしく生きる 男性も女性も〜世界で活躍する人々の姿から〜』を演題とした男女共同参画学級が8月10日(土)、富士駅北まちづくりセンターで開かれます。

 進行役であるプレゼンターは、富士市在住者でJICA(独立行政法人国際協力機構)のシニア海外ボランティアの経験を持つ大石銑太郎さんと児玉実香さん。

 現在、参加者を募集中。対象は、市内在住、在勤、在学の中学生以上。申し込みは富士市多文化・男女共同参画課(筍娃毅苅機檻毅機檻横沓横粥法

 

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 講師2人のうち大石さんは、自分、海野しょうぞうの古くからの知人ですが、その出会いは夫人、眞江さんとのお付き合いからでした。

 

 夫人の眞江さんは、熱心なボランティア活動家で、1985年頃、JR富士駅北口前にあったパピー展示場で富士市在住のボランティアが“この指止まれ方式”の実行委員会を組織して実現させた『星野富弘詩画展』の実行委員長を担った方です。

 その作品展の作者、星野富弘さんは体育教師時代、授業中の事故で首から下が完全麻痺となりながら、僅かに動く口に筆を加え、観る側の心の琴線に訴えかける感動の詩画作品を描き続けている方です。

 今でこそ出身地の群馬県に美術館があるほど全国的に知られた画家であるものの、富士市での作品展開催時は、ほとんど無名。新聞紙面に紹介され、感動した夫人の眞江さんが「作品を無料で貸し出している。富士市で作品展ができないものか」と声を出し、これを第一歩にしての作品展開催でした。

 自分は取材で夫人の眞江さんと知り合い、取材を超えて実行委員会のメンバーとなり、そんなことから“友達の友達”といった感じで、今回、プレゼンター役を担うご主人の大石さんとも知り合い、知人に…。

 

 大石さんは、夫人の眞江さんとは違ったグラウンドのボランティア活動家で、大手製紙会社の技術者の経験を活かして退職後の2003年10月から約1年間、JICAが世界各国に派遣しているシニア海外ボランティアとしてシリア・アラブ共和国に出向き紙製品の品質向上に向けての指導を担っています。

 続いて南米のペルーにも出向き、帰国後の現在は、静岡県JICAシニア海外ボランティア協会のメンバーとして活動。2015年9月の国連サミットで採択された誰も置き去りにしない世界を目指すSDGs(持続可能な開発目標)の担い手ともいえる、“凄いぞ!富士市の中高年”といった方です。

 

 縷々、記しましたが、さて、本題。

 

 10日の男女共同参画学級では、大石さんと、同じくシニア海外ボランティアの経験を有する児玉さんがロールモデル(憧れの人)として瀬戸大橋誕生の主役である杉田秀夫さんと、国連で活躍した緒方貞子さんらの功績と生きざまを紹介するほか、スウェーデンの育児制度や税制、さらに世界の視点からとらえた家庭内の実情も紹介し、男は仕事、女は育児・家事という日本の固定的役割分担についてグループワークも組み込みながら考える場としていく予定。

 

 これからの日本は、好むと好まざるに関わらず地球規模で考えるグローバル化の道を歩むことが必要となっている中、男女共同参画学級としているものの学生の皆さんにも、ぜひ参加してほしい、自己啓発イベントです。

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2019年夏まつり、酷暑に劣らぬ熱気交差!

 富士市内では7月28日開催の「富士まつり」をゴーサインとする格好で市内各所で夏まつりが開かれています。今年の夏は「災害級」とされる酷暑ですが、各会場では酷暑に劣らぬ参加者の熱気が交差しています。

 

 夏まつりの定番は打ち上げ花火。花火は、関ヶ原の役や天草の乱も終わり、徳川泰平期に入って火薬職人が、その職を失う中、失業対策として生まれ、花火文化が成立した、という説があり、この成立から「打ち上げ花火は平和社会のシンボル」とされています。

 さらに、全国的に知られている東京の「隅田川花火大会」のルーツは、大飢饉や疫病による死者供養と災厄除去とされ、戦後の昭和28年(1953年)8月に第1回大会が開かれている静岡の「安倍川花火大会」は静岡大火や戦災で亡くなった人達の供養を兼ねた商店街振興策とされています。

 

 “花火”と同様に“神輿”にも、それなりの理由がありますが、ゴチャゴチャとルーツを探り、「現代社会との関係は…」などを考えずとも、「まちづくりの基本は住民相互のふれあい。それだけで夏まつりの開催意義は充分だ」ですよネ。

 

 この夏、案内状をいただいた夏まつりには、極力、出向くようにしており、この週末土曜日の3日には所在隣接地区である天間地区の天間東区と天間南区、きょう4日には所在区である鷹岡地区の久沢南区の夏まつりにお邪魔させていただきました。

 

 3日の天間東区と天間南区の夏まつりは“区あげて”の開催。これに対して、きょう4日に開かれた久沢南区の夏まつりは、しばらく休止していたものを有志20人が「子ども達に夏の思い出を作ってあげたい」と復活させたものでした。

 区内の滝戸水神社を会場とし、焼き鳥、ヨーヨー、焼きそばなどのほかジャンケンゲームも…。規模は小さく、打ち上げ花火もありませんでしたが、親子連れの笑顔が交差、その情景に温かな眼差しを向ける有志の皆さんの姿が夏の日差しに輝いていました。

 

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(※)アップした写真は、いずれも久沢南区の夏まつりです。

 

 これから所在区の鷹岡地区、そして隣接区の天間地区で開かれる夏まつりの開催スケジュールは以下の通りです。

■8月10日(土)

 ・厚原西区、15時00分〜(厚原西公園)

 ・天間北ニ区、16時00分〜(天間幼稚園運動場)

 ・天間北一区、17時00分〜(天満宮境内&天間児童遊園)

□8月11日(日)

 ・久沢北区、17時00分〜(村松グラウンド)

■8月14日(水)

 ・天間川坂区、17時00分〜(手無し観音境内)

□8月17日(土)

 ・久沢西区、15時00分〜(久沢八幡宮)

■8月24日(土)

 ・鷹岡夏まつり、12時00分〜(中央自動車学校)

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災害級の酷暑の中、セミナーに参加しました

 全国的に災害級の酷暑となった8月1日、同2日の2日間、自分、海野しょうぞうが所属する富士市議会の会派、「凛(りん)の会」は、会派研修で滋賀県大津市にあるJIAM(全国市町村国際文化研修所)が企画、同所を会場にして開かれた『令和元年度第1回市町村議会議員特別セミナー』に参加しました。

 昨夜、富士市に戻ったのですが、乗り換えの京都駅で観光客らしい女性陣、額、いや顔全面の汗をタオルで拭きながら「商店街の温度計、何と42℃だったネ〜」。

「糖尿病の身、空腹状態は避けねば…」と分かってはいるものの、あまりの暑さで食欲がわかず、フラフラ状態でのご帰還。で、1日遅れのきょう3日夕刻、招待状が届いていた2カ所の夏まつりに顔を出した後、この原稿を打ち込んでいます。

 

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         セミナー会場前で…

 

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            講義会場です

 

 セミナーの参加は、所属議員5人中、他の公務と重なった一条義浩議長を除く自分、高橋正典議員、望月徹議員、吉川隆之議員の4人。

 参加目的は、「日々、目まぐるしく変わる国内外の情勢の中で、地方議会の議員には様々な行政課題について学び、施策の提言・提案が求められている」の認識の上に立って、地域創生と地域活性化、高齢者福祉、スポーツツーリズムの活用、関係人口の取り組みなどの分野で活躍中の講師の講演を受け、「今後の地方行政の在り方や、地方議員に求められている役割を考察、その実践を目指す」です。

 

ブログDSC06782.JPG

       自分(右)、高橋議員(左)

 

ブログDSC06778.JPG

       吉川議員(左)、望月議員(右)

 

 セミナーの参加総数は、北は北海道から南は沖縄までの市町村議員250人余。

 1講座は1時間半、それを2日間で4講座。講座名と講師は次の通りです。

 

 講座名:「滋賀県の挑戦〜みんなでつくろう!健康しが!〜」

 講 師:滋賀県知事 三日月 大造 氏

 

 講座名:「人生100年時代と、ごちゃまで社会」

 講 師:社会福祉法人佛子園理事長 雄谷 良成 氏

 

 講座名:「スポーツツーリズムを活用したまちづくり〜スポーツがもたらす地域活性化の効果〜」

 講 師:同志社大学スポーツ健康科学部教授 二宮 浩彰 氏

 

 講座名:「関係人口のつくり方〜ぼくらは地方で幸せを見つける〜」

 講 師:月刊『ソトコト』編集長 指出 一正 氏

 

 4人の講師に共通していたことは、ヒト、モノが大都市圏に集中することに対して久しく叫ばれている地方の時代や地方創造に果敢に挑戦。それも新たな価値観をもってオリジナリティに富んだ挑戦…という点です。

 

 これから報告書の作成に入りますが、セミナーで掴み取ったことを富士市の新たなまちづくりに、どう結びつけるか…、そこにも視点を置いて筆を進めようと思っています。

 

 

※講義については写真撮影や録音は「厳禁」となっていたことから、写真掲載はセミナー会場前と講義開始、それに「凜(りん)の会」メンバーのみとなっています。

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