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『ヨイトマケの唄』からの感動と勇気

「歌は世につれ、世は歌につれ」

 

 この諺(ことわざ)、「歌は世の成り行きにつれて変化し、世のありさまも歌の流行に影響される」という意味。ですが、今、大晦日のモンスター番組『NHK紅白歌合戦』を見ての感想は???

 

 歌番組とは縁遠い生活を過ごしていることもあって、次々と出てくる歌手は、日本を代表する歌手であるはずなのに知っているのは4分の1程度。

 歌手名も、題名も横文字が多く、どっちが歌手名なのか、題名なのか???

 

 あと10年もすれば知っている歌手は皆無になってしまうかもしれません。

 

「それなら紅白を観なければ…」と言われそうですが、「年に一度の紅白、今時、どんな歌手が人気があるのか、どんな歌が流行しているのかを知っておかなくては…」、そんな思いと、もう一点、理由がありまして…。

 今、メディアでブレークしているオネエ族の元祖的な存在である美輪明宏さんが名曲『ヨイトマケの唄』で初出演する、それを事前に知ったからです。

 

 ただ、出演は終盤であることをデータ通信で知り、「ならば…」と、このパソコンに向かい、今年、最後となるブログを徒然なるままに打ち込んでいる次第。

 

『ヨイトマケの唄』は、美輪明宏さん(当時は丸山明宏)が自ら作詞・作曲した1966年のヒット曲。

 作詞・作曲のきっかけは、興行主の手違いで炭鉱町の劇場でコンサートをすることになったことに始まる。当時、きらびやかな衣装でシャンソンを歌っていた美輪さんは、炭鉱町でのコンサートに乗り気ではなかったそうですが、炭鉱労働者たちが安い賃金をつぎ込んでチケットを求め、客席を埋め尽くしているのを見て衝撃を受け、「これだけ私の歌が聴きたいと集まってくれているのに、私には、この人たちに歌える歌がない」と感じて、労働者を歌う楽曲を作ることを決意。モチーフは、美輪さんが幼少期に一緒に育った友人の亡き母の回顧。主人公が幼少期に母親の職業(日雇い労働者)がきっかけでイジメを受けた悔しさなども折り込まれています。

 

 美輪さんが、この歌を初めて発表したのは1964年のリサイタル。翌年の1965年、NETテレビ(現在のテレビ朝日)の『木島則夫モーニングショー』の『今週の歌』で男装で熱唱したところ大きな反響を呼び、テレビ局には10万通を超える再放送を求める投書があり、異例のアンコール放送をした、といわれます。


 自分が『ヨイトマケの唄』
を初めて聴いたのは10代後半だったと記憶しています。二回ほど聴き、感動したことを覚えているのですが、その後、美輪さんはテレビに出演するものの歌手ではなくタレント&霊能者としての出演で、聴く機会はありませんでした。

 

 さてさて、ようやく、美輪さんの出番です。

 

 何十年ぶりに聴いた紅白での男装の美輪さんの『ヨイトマケの唄』。10代後半と同じ大きな感動と勇気を受け、そして思ったことは、「これほどの歌い手は、もう出てこないのでは…」。

 

 大晦日、思い出の歌を聴くことができた喜びの中、こんなことを胸に刻んでいます。
『ヨイトマケの唄』から得ることができた感動と勇気をもって、間もなく迎える新しい年も、すべての人が安心・安全な生活を過ごせるよう地方政治の場で日々全力で頑張る。

 

 これから自宅近くの八幡宮で初詣に出掛けてきます。良いお年をお迎えください。

 
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