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富士市の元助役、矢部良雄氏逝く

 きょう1月8日のローカル紙の死亡欄に「富士市伝法、矢部良雄さん、83歳」とあり、「エッ!」でした。

 

 矢部さんは富士市の元助役。昭和21年8月に吉原町役場に奉職して以来、吉原市市民会館管理課長、年金課長、昭和4111月1日の二市一町合併後は、総務部管理課長、財政課長、福祉部長、財政部長などを歴任。渡辺彦太郎市政下の昭和62年7月に助役に就任、二期八年務めています。

 

 戦後、富士市は工業都市として発展。この発展により公共施設も吉原市民会館(廃館)、富士文化センター(廃館)、公設卸売市場、総合運動公園、富士マリンプール、ロゼシアターなど次々に誕生。このほか東名高速道路の開通や新幹線新富士駅の開駅なども。

 その一方では東電火力発電問題や公害問題、さらに山間部へのゴルフ場造成ラッシュなどの難問が押し寄せました。

 矢部さんは、そうした波乱の時代を生きた職員であり、助役就任後には市長交代という波乱もありました。

 

 自分が矢部さんと初めて出会ったのはローカル紙の駆け出し記者だった30数年前、すでに部長職だったと思います。

 業務に忙殺される中でも取材の申し込みに笑顔で出迎えてくれ、今でいうところの情報公開を、その時代から実践。もちろん、職務上の範囲でしたが…。

 仕事をテキパキとこなし、日頃は物静かであったものの、財政部長、そして市長補佐役の助役という立場での議会の論戦では、鬼気迫る勢いの議員に戸板に水のごとくの説得力のある答弁で追及をクリア。

 

 助役退任後は、シルバー人材センターの理事長を担い、それも体調を崩して数年前に退任。ここ二、三年、公の場に姿を見せず、少し気になっていたのですが…。

 

 矢部さんと親しい知人に電話を入れると、「心臓疾患を病み、1228日死去。本人の遺志により身内だけで葬儀を済ませた」とのことです。

 

 矢部さんの訃報を受け、「富士市の一つの時代が終わったのだ」、そんな事を思っていますが、同時に、市政に議員という立場で参画している者として、こんなことを胸に刻んでいます。

「矢部さんら波乱の時代を生きた人達の労苦を決して忘れてはならない」


 

平成9年に市長表彰に浴した際、『広報ふじ』に掲載された矢部さんの顔写真と功績の一端です

 
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