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中坊公平と落合巳代治氏、光と影の人生
 「参院は9日午前の本会議で、自民党の川口順子環境委員長の解任決議案を野党の賛成多数で可決した。川口氏は国会法の規定に基づいて直ちに解任となった。決議案は参院の許可を得ずに中国訪問を延長して委員会が中止になったとして野党七党が提出した。衆参両院事務局によると、委員長解任決議の可決は初めて」

 

 この国政ニュースに接しての率直な感想は、「野党、もっとほかにやるべきことがあるんじゃないの」。
 
 感想は、この程度にして、ここ一週間でショッキングだったニュースは、元日弁連会長で、整理回収機構初代社長を担った中坊公平(なかぼう・こうへい)氏の訃報。3日に心不全で京都市内の病院で死去。83歳。

 

 中坊氏は、京都大学法学部卒業後の1957年に弁護士登録。1973年に森永ヒ素ミルク中毒被害者弁護団長、1985年には金のペーパー商法で多数の被害を出した豊田商事の破産管財人となり、非協力的な役員を追放するなどして資産を回収、被害者に総額約121億円の配当を実現。1990年4月から2年間、日弁連会長を担い、香川県豊島の産業廃棄物問題の住民側弁護団長としても活動するなど“市民派弁護士”の代表格とされ、「鬼の中坊」「平成の鬼平」の異名で呼ばれることも。

 

 その手腕を買われて就任した整理回収機構(旧・住宅金融債権管理機構)の社長時代は不良債権回収の実績をあげたものの、協力しない借り手らを警察に告発する手法に「在野法曹の弁護士が権力と癒着した」との批判を受け、2002年に強引な取り立てに伴う詐欺容疑で刑事告発され、東京地検特捜部の捜査を受ける身に…。起訴猶予だったものの弁護士廃業を余儀なくされました。

 

 2007に弁護士再登録を申請するも「弁護士会を混乱させた」として約3カ月後に撤回、光と影の人生を歩んだ人でした。

 

 この中坊氏、豊田商事の破産管財人として活躍していた時代からマスコミに取り上げられ、テレビに出るたびに「落合巳代治さん(故人)に似ている」、そう思っていました。

 

 落合氏は、富士市のローカル紙だった岳南市民新聞の創刊者で、歯に衣着せぬ社会批評の社説を長年にわたり執筆。そのペン先は市政のみならず国政や世界情勢にも向けられ、語れば“落(お)ちゃん”の愛称で呼ばれる、ざっくばらんな性格で、人間的な魅力にあふれた人でした。

 

 落合氏は、中坊氏と風貌が似ているだけでなく、自分は、「活躍するグラウンドは違っていても、主張するスタンス(立場)は同じ、追い求めたものを同じ」、そう思い続けてきました。さらに光と影の人生を歩んだことも同じでした。

 

 

 この世を去ってしまった中坊氏と落合氏、二人の光と影の人生を見詰めて思うことは、「影を体験、あるいは選択しても、社会に光を届けた功績は決して消えることはない」。社会に光どころか暗雲をもたらす国会のゴタゴタもあって、二人の人生の貴さを再認識しているところです。

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