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河野勝さん死去、通夜に葬送曲流れて…
  今夜(7月4日)、富士市瓜島にお住いだった河野勝さん(享年90歳)の通夜に行ってきました。葬儀に接しての言葉としては不謹慎かもしれませんが、「いい通夜だったなぁ〜。多分、故人も満面に笑みを浮かべているのでは…」、そんな思いを抱きながら、このブログを打ち込んでいます。

 

亡くなられた河野さんは、富士市の地場産業の一つである製紐の会社を経営。事業家と並行して人権擁護委員を長く務めた方です。

 

いうまでもなく人権擁護委員は、人権擁護委員法(昭和24年法律139号)に基づいて設けられ、法務大臣が市町村長の推薦した者の中から知事や弁護士会などの意見を聞いて市町村ごとに人選し委嘱。国民の基本的人権が侵犯されることのないよう監視し、もし侵犯された場合、その救済のための処置をとり、あわせて人権思想の普及高揚に努めることを使命としています。

 

前職のローカル紙の記者時代、取材で市庁舎内の市民相談室に出入りしていた際、河野さんは人権相談日に相談員として訪れており、あれこれと人権問題について話すようになり、歳月を経る中では人権問題を越えて、あれこれと…。

 若気の至りで、「日本の政治は、おかしい」や「富士市は、こうすべきだ」など生意気な事を語り、その言いたい放題を河野さんはじっくりと聞いて下さり、そして、いつも最後に一言、「これからは君らの時代。頑張って下さい」。

 今、思えば、その最後の一言は、きつい一言でした。

 

 記者生活に終止符を打ち、地方議員を目指すことを決めた6年半前、記者時代にたまわったご指導のお礼を兼ね、その挑戦を報告に訪れた際でした。

 河野さんから受けた言葉は「やっと決断したネ」。坐して社会は動かず、書くだけでは社会は変わらず。かつての「これからは君らの時代。頑張って下さい」は、それを諭す言葉だったことを思い知らされた瞬間でした。

 

 年齢からすれば「天寿を全うして…」となるのですが、人生の師が逝くことは、その年齢に関係なく辛いものです。

 

そんな思いが募った今夜の通夜の最後、ご遺族のお礼の言葉に続いてトロンボーンのプロ演奏家として活躍していたご子息が葬送曲を演奏。2001年アメリカ同時多発テロ事件の葬儀で演奏された以降、世界的に知られるようになった讃美歌『アメージンググレースAmazing Graceでした。

 

トロンボーンの音色には、言葉では表現できないものがありました。しいて言葉で表現すれば、故人に向けての「ありがとう」であり、第三者の自分からの表現は「ありがとう、ございました」です。

葬儀は別れの場であると共に、故人から生前に受けた恩への返礼の旅立ちの場でもある。それを感じ、そして「自覚しなければ…」です。

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