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日本初の盲目の弁護士、竹下義理樹氏との出会い
 人間60年もやっていると“感激”といったことが少なくなってしまうものですが、先日、正確には8月26日午後4時過ぎ、岩手県下の東日本大震災被災地の復興と課題の把握を目的とした視察の帰路、東京発―名古屋行の『こだま号』に乗車するための東京駅のホームで大きな、そして静かな感激を味わいました。
 日本初の全盲の弁護士、竹下義樹氏にお目にかかった、その感激です。

 

 竹下氏は、自分より2歳(級)年上の1951年2月15日生まれ。中学時代に外傷性網膜剥離で失明し、盲学校に学んだ後、龍谷大学法学部に進み、司法試験に挑戦。

 点訳の六法全書や専門書がない時代であったものの、「難しいなら努力すればいい。ないなら作ればいいだけの話」と、少しもひるむことなくボランティアの手を借りて点訳の参考書を作り、そして法務省に働きかけ点字による司法試験の実施も実現させた方です。

 

 現在、東京と京都に事務所を構え、12人の弁護士を擁する「つくし法律事務所」の所長として活躍。ホームページで伝える所長メッセージには、「私は弁護士登録以来、今日まで人権擁護活動を基本とし、弱者救済の視点から民暴被害者の救済や高齢者・障害者の権利擁護及び犯罪被害者の支援活動を行ってきました。また、経営相談であれ、家事・家庭などを中心とする個人相談であれ、個々の依頼者の方々のご希望を、どのようにすれば実現できるかを重視し、これまでの法解釈や判例にとらわれることなく要求実現を基本において弁護活動をしてきました。依頼された内容が解決困難であっても直ぐに諦めるのではなく、また100%の答えができなくても『よりましな解決』を目指し、解決案を提案することを重視してきました」と記されています。

 

 自分が初めて竹下氏の存在を知ったのは、もう10年以上も前、雑誌のインタビュー記事で、写真入りでした。その時の感想は、「世の中には立派な人がいるものだ」、そんな程度でしたが…。

 

 中途失明のためか全盲者を示す黒メガネの着用や白い杖の所持はなく、外見上は普通の人。それで竹下氏と分かったのは、ホーム上で寸暇を惜しむようにA4版サイズの書類に印字された点字を追う姿、そして胸の弁護士バッチ、雑誌で拝見した写真の記憶などからでした。

 

 しばらくして『こだま号』がホームに入り、竹下氏は右手を介助の女性の肩に置き、左手でキャスター付きバックを引きながら乗車。自分も、その後から乗車。座席指定車両で、偶然にも竹下氏の座席の前が自分の指定席。挨拶をすることも可能だったのですが、人々の先頭に立って頑張っている人に「頑張って下さい」などは陳腐なこと。せめて「お目にかかれて光栄です」、その一言を述べたかったのですが、点字を追うことに没頭している姿に言い出せず、モタモタしていると竹下氏は熱海駅で下車。

 ブログ題に「…との出会い」と記しましましたが、正確には「…を見ました」に過ぎません。
 

 一言すら声を掛けることができなかったことに忸怩(じくじ)たる思いもあったのですが、それ以上に、お目にかかれたことに活字や写真、そして映像では決して得られない感激があり、勇気、そんなものも得ることができました。

 

偶然の巡り会いに感謝し、竹下氏の生き様を示す言葉、「難しいなら努力すればいい。ないなら作ればいいだけの話」を心に刻んで、これからの人生を一日一日大切に歩まねば…、そんな思いでいます。

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