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視察研修報告(平泉〜東日本大震災被災地)パート

第3章 岩手県大槌町の復興施策と課題について

 

【視察研修内容】

 

 現地調査受け入れの承諾を得た大槌町の新役場を訪問。津波被害を受けたものの少し高台にあることから大破は逃れた小学校をリニューアルした施設で、外観上は「新築?」と思わせるものだった。内部に入っても、その思いを抱き、エレベーターも設置されていた。

 

 しかし、同じ敷地内にある交番は仮設施設のまま、消防車両棟は仮設のレベル以下だった。


 

 津波で役場が大破したことにより小学校をリニューアル
して開所した新役場


 

 新役場の1回市民フロアー


 

 新役場は開所したものの役場敷地内に設けられた大
交番は仮設施設のままだった


 

 消防車両棟は仮設施設とはいえないレベルだった

 

現地調査その1、副議長、副町長に聞く

 
 大槌町議会事務局の議会総務課調査係の睫畋臺綮瓩僚亰泙┐鮗け会議室に案内された。ほどなく入室してきた説明員は、なんと阿部義正副議長と佐々木彰副町長だった。

 正面左が佐々木副町長、その右が阿部副議長(新大槌町役場で…)


阿部義正副議長の挨拶

 まもなく震災から2年6カ月が経ちます。当時は全国からご支援・励ましを頂き、ありがとうございました。

 多くの方が仮設住宅で過ごされる中、今月29日に公営住宅が竣工、入居できる環境が整ってまいりました。

17日、18日に公営住宅の内覧会を行い二日間で1,000名以上の方が視察に訪れました。

私も見に行きまして「被災者が安心して暮らせる住宅を強く求めている」と感じ、今後も公営住宅の建設を計画的にやっていきたいと思います。

被災者のみなさんから我々議員も厳しく批判されていますが、全国からの職員の応援を受けて復旧・復興は基本計画に沿って着実に進んでいます。

 

しかし、まだまだ職員が少ない状態が続いており、疲労困憊の中、職員が頑張っています。我々議会も行政と一体となって取り組んでいきます。

 

 

佐々木彰副町長の挨拶

 震災から2年5カ月の間、全国から物心両面のご支援いただき、誠に、ありがとうございます。

 富士市さんにおかれましては、震災直後に職員を2名派遣していただき、ありがとうございました。

 3・11の震災で33名の職員が犠牲となり、さらに5カ月の間、町長が不在という想定外の状況でしたが、8月の選挙で新たな町長が誕生、そこから本格的に復旧・復興が始まりました。

 年内をめどに復旧・復興基本計画を策定したのですが、その基本コンセプトは「住民と一緒にやるまちづくり」でした。

「行政サイドの一方的な計画策定では不満が必ず出る」、そう判断して月に二回、三回、住民との話し合いの場を持ち、どうにか12月の議会に復旧・復興基本計画案を提出することができました。

 翌年には、都市計画決定や大臣同意を得て、今、見える形での復旧・復興に向っている状況です。

 その復旧・復興事業は、大きく分けて次の三つの事業で進めています。

 

…吐箸芭された海側の土地は、住めないという

ことで高台への集団移転、もしくは津波が来な

い場所へ移転。

町方でいえば、JR山田線を境に海側は集団移

転地区、そこには住宅は建設できないという条

例を制定。集団移転事業として国費も投入して

住宅団地を整備中。山側では2辰ら3胆硬

をして従来の区画計画事業で整備。

 8営住宅の建設は、県が500戸、町が480戸、

9月から入居が始まる。

 

 現在、最大の課題は職員の確保です。どこの町でも行革で職員数を減らしてきていると思いますが、わが町も、そのようにしてきて震災当時は130名ほどの職員でした。その中で33名を失い100名足らずになりました。

 現在の職員数は235名ですが、その半分は全国各地から派遣された方々、あるいは任期付きでの採用です。

 現在の復旧・復興事業にあたっての大槌町としての技術系職員は、わずか3名で、そのほとんどが派遣の方々にお願いをしている状況です。

 

 もう一つ大きな問題は、管理職のほとんどが津波の犠牲となったことです。管理職の養成には、それなりの時間も必要であり、派遣の方に管理職をお願いしなければならない状況も続きました。

 予算規模を申し上げると、被災前の大槌町の一般会計の予算規模は50億円から60億円程度。これが、本年度は当初予算で600億円。これらに繰越明許費と今後の補正予算を加えると本年度は最終的に1,000億円を超える予算規模が見込まれています。

 

 しかし、この予算執行には、現在の職員数の235名では厳しく、まだ30名ほど不足。待つのではなく、町長や私(副町長)も先頭に立って各方面に職員派遣をお願いしている状況です。

 職員は頑張っていますが、疲労困憊状態で、精神科にかかっている者が30名ほどおり、休職中の職員も2、3名います。職員が足りないことにより復旧・復興が思うように進まない、進められないのが現状です。

 大槌町は、平地が少ないこともあって集団移転地の確保が厳しく、復旧・復興の基礎となる用地確保を進めるためにも職員強化が強く求められています。

 ぜひ、今回の視察研修を通して現状を把握、大槌町の復旧・復興へのご理解、ご協力をお願いします。

 

 

阿部副議長、佐々木副町長の挨拶を受けた後、会派「耀(かがやき)」代表の海野議員が多忙な中での現地調査の受け入れに謝辞を述べ、続いて今回の被災地訪問の目的を伝えた。

この後、佐々木副町長から復旧・復興状況の説明を受け、さらに質問を提示、回答を得た。

 なお、佐々木副町長の説明と質問、回答の記載にあたっては口頭語を文章語に改めた。

 

 

佐々木副町長の復旧・復興状況の説明

 挨拶でも述べたが集団移転事業と従来の区画計画事業を併用して復旧・復興事業を進めているが、制度が違うため、いろんな差が生じる。

 

 しかし、被災した人たちにとっては同じ。「なんでそっちが手厚くして、こっちがだめなのだ」ということになる。

 その隙間を埋め、公平性を確保するために、民主党政権時代の「使途自由」な国費支援金38億円、政権交代後の自民党政権になっての30億円の追加支援金をもって町独自の支援を打ち出し、その一つとして住宅再建に一件当たり200万円を補助。この補助制度には、「人口流出を阻止、地元で再建して欲しい」との思いも込めている。

 

 災害廃棄物については、受け入れ自治体が相次ぎ、本年度には処理が終わる予定。

 

 復旧・復興計画のポイントとなった津波対策について、「防潮堤というハード面で防ぐことは無理、避難を重視」という考え。従来の防潮堤の高さは6・2辰如1933年(昭和8年)3月3日に襲来した昭和三陸地震による津波に対応したもの。これを1896年(明治29年)6月15日に襲来した明治三陸地震による津波に対応できる14.5辰砲さ上げしていく。100年から150年に一度の地震、津波への対応を目指している。

 今回のような1000年から数千年に一度の巨大地震の津波は20辰箸30辰箸發い錣譟△修譴紡弍していく防潮堤の整備は、費用的にも時間的にも困難と言わざるを得ない。漁港の管理は県であり、県が防潮堤を再整備、その高さを14.5辰箸靴討いことを打ち出した。

 大槌町として、その県の方針に反対はできない。「巨大地震に対応する防潮堤の整備が費用的、時間的に無理ならば高台に…」という選択もあるが、津波が来襲しない場所までバックすると町の中心市街地がなくなってしまう。そこで集団移転と、盛土による「ここまで津波被害が及ばない」というシミュレーションによる区画整理事業の併用による復旧・復興を目指している。

 その復旧・復興事業の発注、施工について、本来であれば行政が設計をして入札をかけて発注となるが、マンパワーが足りないため設計、施工の一括発注を目指し、都市再生機構に協力をお願いしている。

 

 これまで、復旧・復興の基本計画を作る段階から大学の先生方にも協力を求め、アドバイスを得ながら取り組んでいる。

 

 

質問&回答

質問

 町執行部が犠牲になった時の苦労、及び、その時、議会はどのように対応したか。

回答(副議長)

 震災日の2011年(平成23年)3月11日、議会は予算審査に取り組んでいた。電話が通じないという中、どうにか連絡をとり、3月15日に城山の中央公民館の談話室で臨時会を開き、当面、必要となる予算を通した。

 各議員は、津波被害を逃れた中央公民館に集まり、情報収集につとめた。今思えば、議会としても震災後の対応について「もっと話し合っておけばよかった」との反省がある。

 町長は犠牲となったが、副町長が難を逃れたことから副町長が町長職務代理者として町政執行にあたり、議会は、その執行に協力してきた。

回答(副町長)

 震災後、副町長が職務代理者となったが、副町長の任期が6月で切れた。その後は総務課長が8月28日の町長選挙まで町長職務代理者を担った。

 その選挙執行も厳しい作業であったが、東京・千代田区の選挙管理委員会の応援を得て、公平性を保ちながら執行することができた。

 震災直後の町長不在時は、対処療法的なことで手一杯で、遺体処理についても火葬場は老朽化。加えて人口1万5千人の町の火葬場だけでは限界があったことから岩手県内をはじめ秋田県内や青森県内の自治体にもお願いして火葬した。

 

質問

 富士市は、市全体が海岸であるが台風の高潮被害防止として防潮堤整備が国事業で進められ、そのかさ上げ工事により、現在、日本で最も高い17辰箸覆辰討い襦

 しかし、田子の浦港からの津波の流入は避けられず、その結果、東日本大震災以降、平野部には地価が下落しているところがある。

 大槌町では、どのような地価の変動があるのか。

回答(副町長)

 不動産鑑定士が鑑定。その8割で町が買い取ることになっている。その資金で町民は移転用地の土地を購入するシステムになっているが、移転用地の地価が高騰、移転が厳しくなる人も出てきそうで、今後の課題となっている。

 

質問

 土地利用について。JR山田線を境に、山側は利用ができるようだが、海側については今後どのようにしていくのか。

回答(副町長)

 海側については、「住宅は建てられない」ことを決めたが、それ以外の利用は可能。今、検討中は、高台にある運動公園の場所を集団移転地とし、運動公園は海側へ移設。このほか住宅以外の工場や商業施設も建設も可能となっている。

 

質問

 職員の方々が、この2年間、大変苦労をされているようだが、メンタルケアに、どう取り組んでいるのか。

回答(副町長)

 大槌町では、悲しい事件もあり、保健所や精神科医と連携して定期健診を行っている。月に50時間以上の残業がある場合は、面談をしたりして十分な配慮を心掛けている。


 現地調査終了後、新役場正面玄関前で…、前列左から2人目が阿部
副議長、3人目が佐々木副町長


現地調査その2、語り部さんに聞く

 
 被災地では民間サイドから復旧・復興を支援するNPO(
Nonprofit Organization」、または「Not-for-Profit Organization」の略)が活躍している。

 大槌町の「おらが大槌夢広場」も、その一つ。新聞発行やボランティアに昼食を提供する食堂の経営などのほか語り部ガイドの派遣事業にも取り組んでいる。

 

 事前に情報を入手。大槌町役場での現地調査終了後、NPO事務所に向かい、待ち受けていた語り部ガイドの川端喜久子さんに我々の車への乗車を求め、旧大槌町役場、JR山田線の駅舎、高台からの町並み、それに防潮堤などを案内してもらった。

 

 乗車して開口一番、川端さんは、「津波の怖さ、それを経験として伝えたくて、この語り部ガイドをやっています」、そう語った。

 

 川端さんが津波に遭ったのは勤務先の宮古市内にある水産会社。「津波だ、一報に仕事着のまま高台へ避難、無事だった。自宅、家族が心配だったが情報は遮断され、道路も瓦礫の山。どうにか大槌町の自宅に戻ることができたのは震災三日目だった」。

 大槌町に戻って、まず取り組んだのは行方不明となっていた家族、親族探し。遺体安置所を回り、犠牲になった家族、親族は「両手、十本の指では数えきれないほどだった」。さらに、こう続けた。

「すべて津波で流され、遺体にかぶせる布はなく、泥まみれの顔を拭いてやるタオルすらなかった」

 視察の中で川端さんは、こんな教訓とすべき事も語った。

「東日本大震災の際、この地の津波想定の第一報は3叩Cもが防潮堤を越えることはないと思い込み、防潮堤で津波到達を見学する人も多かった。しかし、実際の津波は15値召世辰拭D吐判瑛茵△修譴鯤垢い燭虱淑鵑砲箸蕕錣譴此△垢阿貌┐欧討曚靴ぁ



 語り部の川端さんが示した津波襲来前の駅舎


 

 津波が、すべてを破壊し、線路跡だけが残る駅舎


 

 語り部の川端さんが示した、かつての田老地区


 

 津波により、すべて流された現在の田老地区。防潮堤工
事中で、町並みの整備は、ほとんど手付かずの状態だった


 

 津波襲来時の記録写真を手に、津波の脅威を語る語り
部の川端さん


 
 
防潮堤の修復とかさ上げ工事が行なわれていた


 

語り部の川端さんを囲んで…(駅舎跡地で…)

 

 

【視察研修所感】

 
 今回の被災地の視察研修、そして大槌町の現地調査は、辛く、重いものであったが、その中で多くの得るものがあった。

 さらに課題も突き付けられた。

 大槌町の佐々木副町長とのやりとりの中で「マンパワーが足りない。ぜひ、富士市さんに、ご協力をいただきたい」と強く要請を受けた。

 我々は、「復旧・復興に向けての支援物資や職員派遣は、混乱を避けるために県や全国市町村会を通して行われていると聞いている。自治体間でも可能なのか」と問うと、「可能。ぜひ、お願いしたい」だった。

 大槌町が復旧・復興を進めていくにあたって行政能力を有するマンパワーの確保は轍鮒(てっぷ)の急、それが切々と伝わってくる返答だった。

 我々にできることは、「富士市の人事部局に大槌町から職員派遣の要請を受けたことを伝えます」だけだった。確約できないことが辛く、忸怩(じくじ)たる思いに駆られた。

 職員派遣にあたっては、行政の方針だけでなく職員の意思も尊重されるものの、何としても富士市からの職員派遣を実現させることができないものか…。会派一同、こう胸に刻んでいる。

「我々の報告は終わってはいない。決して終わらせてはならない」

 
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