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富士市内の中学校が一斉に運動会&静岡県の教育に珍現象&富士ミューズが創立30周年

  富士市内の中学校が一斉に運動会

 

 秋晴れとなった、きょう9月21日、富士市内の中学校で一斉に運動会が開かれました。

 

 所在区の鷹岡中学校から招待状が届いていたことから午前8時10分からの開会式に間に合うように学校へ。

 今年で67回目。教育環境や教育内容が大きく変化しても運動会に大きな変化はなく、開会式後の準備体操がラジオ体操第1ではなくストレッチ体操に変わったくらい。


            
 開会式で…


 この鷹岡中、数年前、富士市内の“問題校”でした。所在区の市議会議員として頭を痛め、その渦中に招かれた運動会も学校の乱れは服装の乱れにも…といった感じでした。

 

 今年は、運動会、それも午前中だけの見学でしたが、服装に乱れはなく、教師、生徒はキビキビとした動きを示し、応援合戦や種目に取り組む真剣な姿にエールを込めた拍手を送ってきました。


 

          全体応援の場面です


 

       運動会の定番種目、「徒競走」です

 

 開会式での校長の挨拶。生徒に向けての、女子陸上選手でパラリンピックの出場経験を有する佐藤真海選手を取り上げての「困難に立ち向かうことの貴さ」と「スポーツが有する多面的な力」の話が素晴らしく、感動しちゃいました。

 

 

     静岡県の教育に珍現象

 

 きょう9月21日の購読紙朝刊の一面トップ記事は、「静岡県の川勝平太知事が全国学力テスト平均以上の86校の校長名公表」でした。

「全国学力テストをめぐる校長名の公表は全国でも事例がない」といわれるだけに、これって教育の珍現象ですよネ。



     平均点以上の上位校の公表を伝える新聞紙面
 

8月末に発表された本年度の全国学力テスト小学6年の国語A(基礎問題)の都道府県順位で静岡県は最下位。これに川勝知事が激怒し、「校長に責任がある。県内の下位100校の校長名を公表する」と発言。県教育委員会は「教育上、問題がある」と反対姿勢を示し静岡県の教育が揺れていました。

 

結局、双方が歩み寄る形で下位校ではなく、上位校である全国学力テストの平均以上の86校の学校名と校長名を並列で公表。それが新聞に掲載されたもので、紙面には、下位校公表方針から一転、上位校公表に転じた川勝知事の、その公表理由も掲載されていました。理由は「褒めるため」で、結果的に「中庸の徳」といったところです。

 

 紙面には、市町別に上位校が掲載され、公表された86校は県下507校の17%であるものの、27校を数える富士市の公表校はゼロ。ということは市内の全校が平均点以下だったことになり、「ムムム…」の気分です。絵文字で表現すれば ━━━[・`Д´○]━━━ です。

 

 ただ、都道府県別最下位の結果を受けての本県の上位校の公表は、その努力を褒めるだけでなく、学力アップに向けての手本にもなるものの、上位校にあっては塾通いとの相関、また、下位校にあっては学力が低水準であるのは教え方に問題があるのか、それとも、それ以前の問題として学級崩壊などの深刻な問題があるのかなどの分析も必要。下位校公表から転じて大方の賛同が得られる上位校公表になったから「これでよし」と処理していいものだろうか。今後、結果の分析が急がれる。そこが最も大切だ。自分は、そんなことを思っているのですが…。

 

 

    富士ミューズが創立30周年

 

富士市在住者を中心としたフルート演奏集団、富士ミューズフルートアンサンブル(代表・茅原初子さん)が創立30周年を迎え、その記念演奏会が9月23日(月・祝日)に富士市蓼原町のロゼシアター中ホールで開かれます。開演午後2時。入場料は大人1,000円、高校生以下800円。問い合わせは事務局(筍娃毅苅機檻毅院檻械沓牽亜瓩やはら音楽教室内)。

 

指揮は茅原初子さんと仲戸川智隆さん、ピアノは小池冴佳さん。ゲストに新日本フィルハーモニー交響楽団首席フルート奏者の荒川洋さんと富士宮少年少女合唱団を迎え、モーツァルト作曲の『フィガロの結婚・序曲』、藤井園子作曲の『富士の四季』などを届けることになっています。

 

珍しいフルートオーケストラの演奏会。今回は30周年記念演奏会に位置付けて開くものの、毎年、この時期に定期演奏会を開いており、その音色から「癒しの演奏会」として高い人気を誇っています。

| - | 21:40 | comments(1) | - |
コメント
 >静岡県知事川勝平太 またの名を嘘つき平太・・・この度は、全国学力テストで小6が最下位だったことから事は始まったようですね。
 >下位100校の校長名を公表すると唐突に表明したからさ〜大変!
 >学校名を公表しないが文科省のルール、校長名とは記載されていないからこれはOKだとする県知事。
 >これに対し文科省では校長名イコール学校名との認識を示し県教委はこれを順守すべきだとの見解。
 >今回の件で、嘘つき平太に屁理屈平太がプラスされた。

学校長は、学校教育に責任のない人なのか。ただ、他の教員よりも金を多く貰っているだけなのか。
その責任者であるならば、問題があれば、名前を明らかにされても仕方がない。
問題の解決には、なによりも責任者の自覚が必要である。

意思のあるところに責任はある。
意思のないところには、責任がない。
責任者は、責任を持って問題の解決を図ることを期待されている。
無意思の責任者には、問題を解決する力はない。

死刑執行人は、殺人罪に問われない。
彼らは、殺意がないからである。彼らは ‘頼まれ仕事’ をしているのである。学校長の仕事もそのようなものなのであろうか。

日本人には、意思がない。
意思は、未来時制の文章内容で、日本語には、時制がない。
だから、日本人には、意思がない。

非現実 (過去時制と未来時制) の文章内容が表現できなければ、際立った個人差は出ない。どんぐりの背比べか。犬と犬の違いに終始する。
個人主義を理解することも難しい。

我が国がひっくり返った時にも、国の政治責任者は出なかった。
「責任者を出すな。犠牲者を出すな」と言う声が上がった。
意思のない人が責任を追及されることがあれば、彼はまさしく犠牲者であろう。動物愛護の精神が必要。
学校長も、そのようなものか。とかく、この世は無責任。

心のある人とは、どのような人か。
自分の感情を表現する人か。ならば、歌詠みの人か。
自分の意思を表現する人か。ならば、行動の人か。

日本人には、意思がない。だから、自分の意思を示さない。
我が国は、世界の中にあって、世界に属さず。
日本人は、無為無策で高踏的*なのか。
我々は、来るべき国際化社会に備えなくてはならない。

 *高踏的 (自分ひとり高いとしているようす。おたかくとまるようす。)

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/


| noga | 2013/09/21 11:09 PM |
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