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「いい人生とは…」、草分敏秋先生の通夜にて…

 きょう5月1日夕刻、富士市青葉町の葬儀場、セレモニーホール富士へ、享年91歳で人生の幕を閉じた草分敏秋先生の通夜の儀の参列、不謹慎と思いつつも心が躍るひと時を過ごしてきました。

 

 草分先生との出会いは三十数年前、前職のローカル紙の記者時代。草分先生は、確か小学校の教頭職で、富士市の体操協会の役員も担っており、体操競技の普及を目指す初心者教室の取材が初対面。時に厳しくも、やさしい言葉で子供たちにマット運動や鉄棒の逆上がりなどを指導、「子供が好きな方だな」、それが第一印象でした。

 

 教員退職後は、ご夫人の富士子さんが園長を担っている吉原の私立曙幼稚園の理事長に就任。幼稚園経営の一方でマジックを趣味とし、マジック同好会に所属してロゼシアターのステージで華麗なるマジックを披露。「マジシャンの草分さん」として知られていました。

 

 7年前、記者生活に終止符を打ち、市議会議員選挙に挑戦することを報告に訪れた際、体調を崩されていてお会いすることができず、そのままに…。そして届いた訃報。通夜には、「元気な時に、もう一度会って、記者時代の取材協力への返礼を述べたかった」、そんな悔恨を抱いて参列したのですが…。

 

 読経が始まる前、スクリーンに甦った草分先生と、司会者が語る、その人生は、自分が知っている教員、マジシャン以外の草分先生でした。

 メイクばっちりで島根県安来地方の民謡「安来節(やすぎぶじ)」にのって踊るお座敷芸「どじょうすくい」の写真がスクリーンに映し出された際には思わずニヤ。声こそ出さなかったものの通夜という場で相好を崩し、不謹慎極まりない体でした。

 

 が、周囲の参列者も同じような表情で、「こんな別れもありかな」でした。

 

 お座敷芸「どじょうすくい」だけでなく盆栽やアマチュア無線も趣味とし、長く民生児童委員を担ったことも初めて知ったことでした。

 

 さらに、本業の幼稚園経営においても理事長職だけでなく通園バスの運転を担当し、園児に体操も指導。

 

 スクリーンに映し出される草分先生は、どの場面でも笑顔満開で、“笑う門には福来る”を信じ、それを実践、周囲に福来たるの結果を残されことが伝わってきました。

 

 人生、「どう長く生きるか」だけでなく、「どう生きるかも大事だ」、そんなことを教えられ、「いい人生とは…」を考えさせられた一夜でした。 合掌

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