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元・中学校長の末高春芳先生が急逝

 きょう6月17日、元・中学校長の末高春芳先生の通夜が富士市松岡の葬儀場で執り行われました。行年66歳。これから…の人。無常、人のはかなさ、それを強く感じた通夜でした。

 

 全くの偶然ですが、先生とは三回の出会いがありました。

 

 1回目は、自分がローカル紙の駆け出し記者時代、もう40年近くも前です。専門教科が体育であったかは定かではありませんが、出会った時の姿は野球のユニフォーム姿。中学野球部の監督で、取材で出会い、それがしばらく続きました。

 20年ほど前、自分は管理職として内勤が中心、先生も管理職となりグラウンドに出ることはなかったようです。

 

 2回目の出会いは7年前。記者生活に終止符を打ち、市議会議員に就任。先生は所在区の鷹岡中学校の校長で、毎年、入学式や卒業式など学校行事に来賓として出席した際に…。地区行事や地区の会合でも互いに来賓として出席した際にもお目にかかることがありました。互いに年齢を重ね、出会う場は行事などだったことから会話は記者時代と違って挨拶程度であったものの、時空を超えて何か感じるものがありました。記者時代、野球の取材で会いながら次第に教育全般についても意見を交わした、そんな関係で築くことができた信頼だったのかもしれません。

 

 4年前に先生は鷹岡中学校長で定年退職。「再び出会うことはない。会ったとして街中でバッタリ、その程度」と思っていたのですが、昨年、3回目の出会いがありました。保護司の会合の場。共に保護司職を仰せつかり、新米保護司同士としての出会いでした。

 保護司職は、総会をはじめ研修なども多いことからお目にかかることが多く、会えば「どうも」「や〜」といった感じでした。

 先生は、「保護司の仕事、自分につとまるか不安だ」と話されていましたが、輝く目には教員経験者らしく非行少年の更生や受刑者の自立に向けての情熱が感じられ、「先生を範として頑張らねば…」、そんな思いを抱いていたのですが…。

 

 保護司の連絡網を通して届いた突然の訃報。野球部の監督を長年、担ってきただけに60代を感じさせない、健康そのものといった体躯。通夜で「肺炎により亡くなられた」と知らされても信じられまでした。

 

 かつて、監督をつとめた中学校の野球部や教え子たちの花輪が並ぶ中、焼香の先に置かれた遺影は、満面に笑みを浮かべた、いつもの、教え子から「兄貴」、「親父」、そんな存在として愛され、教員仲間からは「頼れる先輩」として活躍していた先生でした。

 

 故に今もって先生が亡くなられたことが信じられず、モヤモヤとしたものが充満していますが、山梨県南部町の菩提寺の僧侶が通夜の読経前に参列者に向けて語った言葉を、明日からの一歩にしようと思っています。

 

「人生80年、90年といわれる中での66歳で、この世を去った故人は、さぞかし無念であったと思う。故人の、その無念を、ここに参列された皆様が自分の人生に取り入れて、精一杯の人生を過ごしてほしい。それが故人に向けての立派な供養になる」


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