<< ロゼに東京スカイツリー…? | main | 富士市議会の新委員会が動き出しました >>
富士市の富士山百景写真コンテストの新審査員に古市智之氏


 先日、ローカル紙に富士市が観光振興施策の一つとして開催している『富士山百景写真コンテスト』への応募を呼び掛ける記事が掲載され、その中、審査員交代も記載されていました。新しい審査員は、1967年東京都生まれの新進気鋭の風景写真家で、2013年版の第6回キャノンカレンダーの写真を担当した古市智之(ふるいち・ともゆき)氏。

 

 コンテストは、昨年6月に世界文化遺産にも登録された富士市のシンボル、富士山の写真撮影を通しての観光振興施策。写真雑誌など全国の写真愛好家に応募を呼び掛け、富士市に富士山撮影で訪れる写真愛好家そのものを観光客と位置付け、さらに寄せられた作品も観光振興戦略に活用していく“一石二鳥”を狙ったもの。その狙いから第1席のグランプリ(1点)の賞金はド〜ンと50万円(現在は30万円)。

 

 第1回は2005年度に開催。審査は竹内敏信(たけうち・としのぶ)氏に依頼。竹内氏は1943年愛知県生まれ。円熟期を迎えた日本屈指の風景写真家であったことから「竹内先生の審査・選評を得たい」と全国各地から応募があり、コンテストは竹内氏に支えられる形で応募点数、作品レベルとも順調な歩みを示してきました。

 

「順調な歩みを示してきました」とする、コンテスト開催の当事者的立場のような書き方、実は自分、海野しょうぞうはコンテスト開催の付録のような存在でかかわってきました。

 

 富士市が「観光を新たな産業に…」と観光振興戦略の策定に乗り出した10年余前、ローカル紙の記者として計画策定検討委員会の委員の委嘱を受け、振興施策の一つとしてコンテスト開催が決定した以降は、写真撮影を生業とする職業柄、審査員選考や募集要項作成のアドバイザー役を担当。コンテストスタート時の審査員は、竹内氏と、富士市出身の女流カメラマンの外山ひとみ氏(今年6月1日死去、享年55歳)との二人体制で、竹内氏が募集要項の最終チェックや表彰式などで富士市に訪れた際には富士市側のコンテスト関係者の1人としてお会いし、その印象は「芸術家らしからぬ気さくな人」、その時も頭部にトレードマークのバンダナを着けていました。

 

 ローカル紙の記者から今の市議会議員に転身した以降、立場はコンテストの門外漢となったため一市民としてコンテストの作品展を鑑賞。そんな中、数年前、竹内氏が体調を崩されたこと、1年前には「車椅子を使用。審査を継続してお願いすることが厳しくなった」などの情報が届いていました。

 

 今春の2013年度の第9回コンテストの作品展会場、竹内氏は表彰式に出席が出来ない状態であったものの、入賞作品とともに会場に掲示されていた、的を射た、厳しさのエッセンスも盛り込んだ総評と作品個々の選評を読みながら「せめて2014年度の第10回まで審査を担っていただけたら」と思っていたのですが…。

 

 新たに審査員をお願いすることになった古市氏は、日本写真芸術専門学校在学中から竹内氏の助手を務め、朝日新聞社の嘱託カメラマンを経て40歳を機に本格的に風景写真の世界へ。市の担当者に聞けば、「竹内先生の審査辞退を受け際に後任指名をお願いして古市氏に決定」。竹内氏に敬意を表しての後任の決定です。

 

 古市氏の最近の写真家としての実績の一つである2013年版の第6回キャノンカレンダーの写真担当は、日本を代表するカメラ―メーカーのキャノンがプロ、アマを問わずに公募、多くの応募者の中から射止めたもの。その実力をベースに、絵葉書的な綺麗な風景、説明的な風景が主流だった風景写真から心象的な部分を切り取り、より印象的な風景写真を広めた竹内氏の竹内イズムを受け継いだ視点をもって審査、“これぞ富士市の富士山”を世に送り出しくれるものと確信しています。

 

 2014年度、第10回コンテストの募集作品の撮影期間は、今年1月1日から来年1月20日まで。作品の受け付け期間は12月1日から来年1月30日まで。詳しくは富士市観光課(筍毅機檻横沓沓掘法


| - | 17:40 | comments(0) | - |
コメント
コメントする









CALENDAR
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>
SELECTED ENTRIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT