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公表された「昭和天皇実録」

 きょう9月9日、自分にとってメディアが伝えたニュース中でトップニュースだったのは、「日本テニス界エース、錦織圭選手(24)=日清食品=の全米オープン男子シングルス準優勝」ではなく、「9日付けで公表された昭和天皇実録」でした。


        実録公表を伝える新聞紙面です


「昭和天皇実録」は、1901年(明治34年)の誕生から1989年(昭和64年)の崩御まで87年余にわたる昭和天皇の生涯が1日ごとにつづられたもので、編纂作業は1990年(平成2年)にはじまり、ほぼ四半世紀を費やして完成をみた12,000ページにおよぶ歴史書です。

 

 しかし、メディアは、実録公表に際して大きな関心を集めていた戦後間もない1945年(昭和20年)9月27日から1951年(昭和26年)4月15日にかけ計11回を数えたマッカーサー元帥との会見が、すでに公開済みの外務省の初回の会見録を用いているだけで、宮内庁の「全記録が見つからなかった」という弁明を取り上げながら“未完の歴史書”という厳しい見方です。

 

「戦争遂行の、すべての責任を負う」という、歴史に残る昭和天皇の発言もマッカーサー元帥の回顧録から引用しており、実録の全文に目を通してはいませんが、自分としても「残念!」、その思いを抱いています。

 

 1972年(昭和47年)の米国大統領選挙戦の最中、当時のニクソン共和政権の野党だった民主党本部が置かれたウォーターゲート・ビルに何者かが盗聴器を仕掛けようと侵入し、警備員に発見されて警察に逮捕されたことから始まったウォーターゲート事件は、やがて犯人クループがニクソン大統領再選委員会の関係者であることが判明。当初、ニクソン大統領とホワイトハウスのスタッフは「侵入事件と政権は無関係」という立場をとったものの、ワシントン・ポストの記者が執拗に、この事件を取材、その終幕は大統領辞任でした。

 

このウォーターゲート事件以降、米国では「知る権利」の対極として「知らない権利」が叫ばれるようになりました。

 

政治の舞台での盗聴は厳しく批判すべき事件ではあるものの、米国の頂点に立つ大統領が事件に関与、それを米国人が知ったことにより国家に失望、国家再生への気力を失い、米国は放浪の国になってしまう。「知る権利は大事、しかし、時には知らない権利があってもいいのではないか」、そんなことです。

 

荒廃の戦後から復興を目指し、それを果たした日本。好むと好まざるにかかわらず戦争の実相に対して知らない権利が作用したのかもしれません。

 

しかし、歳月が流れ、知らない権利が、その意義・意味を失っている現代、未公開の記録があれば、すべて公開してほしいものです。日本が再び戦争の道に向かわないために…、昭和天皇も、それを望んでいるのはないでしょうか。


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