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おたかさん(土井たか子氏)逝く!

 社民党は、きょう9月28日、元衆院議長で旧社会党委員長・社民党党首をつとめた土井たか子氏が今月20日に肺炎で死去していたことを発表しました。 “おたかさん”の愛称で呼ばれることの多かった庶民派の女性議員。女性の平均寿命と、ほぼ同じ85歳。「天寿を全うした日本の政治史に残る女性政治家」、そう受け止めなければと思うのですが、20数年前、マドンナ旋風を巻き起こしていた平成元年12月にお目にかかったパワー全開時の姿が脳裏に強烈に残っていることもあって「何時かは終焉を迎える人の世の無常」、それを思い、寂寥感に包まれています。


      在りし日の“おたかさん”

 

 土井氏は昭和3年、神戸市生まれ。昭和44年に憲法学者から政界に転じ旧社会党公認で衆院初当選。以後、連続12期。昭和61年に同党委員長に就くと、“おたかさん”の愛称で人気を上げ、平成元年の参院選で“マドンナ旋風”を巻き起こし、社会党の躍進、自民党の過半数割れを導き、「山は動いた」の名言を残しています。

 

 土井氏は、その“マドンナ旋風”を巻き起こした平成元年の12月、富士市に…。社会党県議から市長の座に就き、6期連続当選を目指した渡辺彦太郎氏と、多選の弊害を主張した新人、元県立高校長の鈴木清見氏の一騎打ちとなった市長選挙の応援弁士としての富士市入り。もちろん、現職の渡辺氏の応援弁士として…。

 場所は吉原商店街。当時、自分はローカル紙の記者で、寒風吹き荒れる中、マイクを握った土井氏は、選挙情勢を的確に分析し、渡辺氏の支援・支持の必要性を力説。それは説得力のある応援演説で、会場は熱気に包まれ、第三者的立場の取材記者の目からも「これで渡辺氏、圧勝では…」を思わせるものでした(結果は鈴木氏が当選でしたが…)。

 

 その後、平成5年に非自民による細川護煕(もりひろ)政権が誕生し、女性初の衆院議長に就任、政治家としての絶頂期でした。

 

 平成8年から平成15年まで社民党党首を務めるも党勢を立て直せず、平成17年の衆院選では自身が落選し、引退。社会党(現社民党)の衰退と軌を一にするように身を引いた政治家人生でした。

 

 国政引退後に名誉党首に就いたものの表舞台に出ることはなく、「晩年は病気療養の日々だった」といいます。

 土井委員長時代に最大で200人超の議員数を誇った社会党(現社民党)も今や5人。「土井氏逝く!」に自分が寂寥感を抱いたのは、政治の世界の厳しさを改めて突き付けられた、それもあってのことかもしれません。    

                          合掌

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