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富士市議会9月定例会、一般質問に登壇しました

 富士市議会9月定例会の一般質問は、きょう日に二日目を迎え、自分、海野しょうぞうは五番手で登壇しました。

 持ち時間は当局答弁を含めて1時間という中、所要時間は53分でした。

 以下に質問の全文を掲載します。論戦内容は富士市議会のホームページで視聴できます。

http://www.city.fuji.shizuoka.jp/shisei/c0501/fmervo0000019dfq.html

 

          質問全文

 

発言許可を得ましたので、発言通告表に基づき、一般質問を致します。

 

通告しました異常気象に関する防災関連の質問は、一般質問初日の3日に松本議員と宮川議員が取り上げていることから内容の重複を避け、さらに、昨日6日の台風18号への市の対応も踏まえての質問とします。

 

まず、質問一項目目の「地球温暖化を背景とした異常気象により頻発しているスーパー台風や記録的豪雨などの風水害時の自主避難場所の確保について」ですが、富士市は、災害から市民の生命・財産を守るために、総務部内に防災危機管理課を置き、堅牢な防災・減災対策の確立にハード、ソフト両面から取り組んできました。

 

その防災・減災対策は、巨大地震のみならず、火山噴火、さらに東日本大震災からの教訓を受けて津波被害への防災・減災対策の強化も図っており、まずもって、その取り組みに敬意を表します。

 

しかし、近年、地球温暖化を背景とした異常気象により頻発しているスーパー台風や、記録的豪雨などの風水害時への対策の見直しと強化が突き付けられ、記憶に新しい今年8月20日に広島県広島市で発生し、9月11日現在で死者73人、行方不明者1人の犠牲者を生じた、豪雨による土砂災害は風水害の防災・減災対策の要諦が防衛意識をもっての早期の自主避難であることを示しています。

 この認識の上に立って、以下、3点を質問、回答をお願いします。

 

質問1点目

富士市では、小中学校を中心に53カ所を避難所や救護所に指定していますが、この避難所や、救護所は巨大地震発生後の避難生活や負傷者対応の要素が強く、市が平成26年3月に発行、全世帯に配布した改訂版『防災マップ』では、風水害被害に向けての避難準備情報提供の段階では「避難所は開設されていない」としています。

その上で自宅2階や、近所の高層階など浸水被害を受けない場所を示しながら、これらの場所を「いっとき待避所」とし、家族で前もって「いっとき待避所」を決め、警戒や避難の情報が発令された時や、すでに浸水がはじまっていた際に、その利用を呼び掛けていますが、平屋建ての場合や隣近所と接点がなく「いっとき待避所」を確保できない世帯、さらには強風のスーパー台風襲来不安などの際の対応策はあるのでしょうか。

 

質問2点目

風水害の発生の恐れがある場合、避難準備情報の提供に続いて、災害対策基本法第60条により、原則、市町村長の判断をもって住民に対して避難勧告、避難指示というステップで発令、富士市では同報無線や同報無線メール、コミュニティFM、広報車、自主防災組織などを通じて市民に伝えられることになっていますが、これらのステップを踏んでいく中、市は状況に応じて災害警戒本部を設置、その配備体制は第1次から第3次までありますが、初期段階の第1次配備体制は、どの時点で敷かれるのかをお聞かせ下さい。

 

質問3点目

平成26年3月発行、配布の改定版『防災マップ』前の平成22年3月に発行、配布された『防災マップ』の35ページには「避難のポイント」として「長雨や台風の通過などで災害が発生する恐れがある場合、避難勧告が発令される前であっても各まちづくりセンターに自主避難していただくことができます」と記されています。この記述は、避難準備情報提供の段階で昼夜を問わず第1次配備体制が敷かれ、市内各地区のまちづくりセンターに地区災害警戒本部が開設されることを示すものといえます。

ところが、改定版の『防災マップ』には、その記述がなく、各家庭の責任において「いっとき待避所」を決めての自力での防衛を求めています。

 従来通り、避難準備情報提供の段階で第1次配備体制が敷かれ、各まちづくりセンターに地区災害警戒本部を開設、かつ自主避難場所として市民に開放しているならば行政責任のセーフティネットとして全市民を対象とした『広報ふじ』などの防災特集記事に、それを掲載、広く周知することが必要ではないでしょうか。市のご見解をお聞かせ下さい。

 

 

二項目目の質問、「昨秋、富士市が友好都市を締結した岩手県雫石町との今後の交流の在り方と、雫石町にある『慰霊の森』の存続について」ですが、富士市は平成25年7月30日に岩手県雫石町の申し出を受け災害時相互応援協定を締結、これに続いて市制記念日である同年11月1日に友好都市を締結しました。

 この締結は、1971年、昭和46年7月30日に雫石町上空で発生した全日空機と自衛隊機の衝突事故で乗客155人、乗員7人の計162人全員が死亡、当時、国内航空事故としては最大の犠牲者を出した事故を原点としたものです。

 

事故後、全日空機が墜落した雫石町の山頂に『慰霊の森』が整備され、乗客155人中、125人が富士市民だったことから富士市は遺族とともに、毎年、事故発生日の7月30日に『慰霊の森』で行われる慰霊祭に参列。平成15年の三十三回忌の節目に公式行事としての慰霊祭に終止符が打たれた以降は、平成16年から「事故の教訓を風化させることなく後世に伝えたい」、その願いを子ども達に託す形で富士市と雫石町間で少年交流事業が行われ、11回目を迎えた本年度は富士市の子ども達40人余が7月28日から同31日の三泊四日の日程で雫石町を訪問しています。

 

 我が会派『耀(かがやき)』は、これまでの雫石町との交流をもとにしての災害時相互応援協定及び友好都市の締結に賛同、さらには、事故後の遺体捜索や遺体安置作業などに雫石町が総力をあげて協力したことへの感謝の思いをもって締結後の富士市の対応手法を探るべく少年交流事業に合わせて雫石町を訪問しました。

 

 雫石町では、深谷町長や猿子町議会議長と面談することができ、災害時相互応援協定については、すでに協定に基づき富士市から2人の技術職員の派遣を受けていることに感謝の言葉を受け、友好都市の今後の展開にあたっては富士市に大きな期待を抱いていることを強く感じました。

 その期待は、我々にとって、ある意味では戸惑いともなりましたが、以下、視察をもとに友好都市の今後の交流の在り方と、『慰霊の森』の存続について4点を質問、回答をお願いします。

 

質問1点目

 災害時相互応援協定及び友好都市の締結は、ともに前市長時代であり、今年1月に就任した小長井義正市長として、この締結を、どう受け止めているかの基本的な考えをお聞かせ下さい。

 

質問2点目

 友好都市の締結後、富士市と雫石町間で交流事業を拾い上げ、「現在実施している事業」が3事業、「提携後、直ぐに実施可能な新規事業」が4事業、「今後、実施が見込まれる事業」が3事業となっています。

 雫石町からは事業別に事業に対する意欲的な考え方も示されていますが、拾い上げた事業に取り組む富士市の体制は、どうなっているのでしょうか、それをお聞かせ下さい。

 

質問3点目

 雫石町では、拾い上げた事業の総括的な所管部署を総務課としていますが、現状、富士市の総括的な所管部署は秘書課となっています。

 秘書課には、かつて課内室として国際友好都市の中国嘉興市と国際姉妹都市の米国オーシャンサイド市との交流事業を担う国際交流室が置かれていましたが、業務の見直し作業で国際交流室は市民安全課、平成25年度からは多文化・男女共同参画課に移行しています。

 国際都市交流と国内都市交流の違いがあるにせよ、国際交流室の移行からして秘書課が今後の雫石町との交流事業の総括的な所管部署を担っていくのは矛盾があり、かつ秘書課の業務内容からして無理もあると思いますが、市の見解をお聞かせ下さい。

 

質問4点目

 平成15年の三十三回忌の節目に公式行事としての慰霊祭に終止符が打たれたものの、これ以降も雫石町長が理事長を担う一般財団法人慰霊の森が『慰霊の森』の維持管理を担い、7月30日には慰霊碑拝礼を行い、この礼拝を前に雫石町の町民や町職員、それに全日空労働組合などによって清掃奉仕活動も行われています。

 しかし、一般財団法人慰霊の森の財政事情は厳しく、現状のままだと預貯金や基金の取り崩しが続くものと予想されます。

 平成25年8月9日の豪雨災害による『慰霊の森』の階段崩落の復旧工事費200万円は全日空乗員組合さんの寄附で、その捻出を図っていますが、定款第36条では「基本財産の消滅により事業が不能となった際には解散」と定められています。

 富士市の市長と教育長は一般財団法人慰霊の森の評議員であり、災害時相互応援協定及び友好都市の締結を契機に『慰霊の森』が未来永劫に存続するための担保として財政の健全化に向けアクションを起こし、法人組織の強化に向けても意見を発信すべきではないでしょうか。市長及び、これまで雫石町との絆を保ち、『慰霊の森』への拝礼を事業に組み込んでいる少年交流事業の担当部署、富士市教育委員会の実務上の長である教育長の、ご所見をお聞かせ下さい。

 

 以上、二項目、計7点の質問を提示して一回目の質問とさせていただきます。

 

【コメント】

 一般質問の録画中継を視聴された方へ。開始早々、質問が瞬時停止、キョロキョロしていますが、携帯電話が鳴り出したためです。

 議員にあっては、携帯電話などの電子機器類の本会議場への持ち込みは禁止となっているのですが、「もしや」と手をズボンのポケットに…。で、質問が瞬時停止。携帯電話なしで「ヤレヤレ」。

 その後のキョロキョロは、依然として携帯電話が鳴っていたためで、それも鳴りやみ、ジ・エンドに…。「誰が…」は「?」のままでした。


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