<< 村上文学の謎を探る講座 | main | ロゼで富士市総合文化祭の展示後期展開催中 >>
産業遺産と潤井川渓谷を生かした観光スポット化、実現へ…?

 今月10日、富士市入山瀬1−1−1、王子エフテックスFP事業本部第一製造所(以下、王子エフテックス)のレンガ造り建造物の視察に行ってきました。

 このレンガ造り建造物、“製紙のまち・富士市”の第一歩を刻んだ貴重な産業遺産。今年の富士市議会6月定例会の一般質問で取り上げ、その保存の必要性を力説しながら当局に現地視察、さらに市として会社側に保存に向けての対応を申し入れすることを要望。これに応えて山田幸男教育長らが現地視察に訪れ、それに同行したものです。

 

 以下、視察の状況。その前に6月定例会の一般質問の内容を記します。

 

【6月定例会の一般質問の内容】

 

 今年6月21日にカタールのドバイで開かれたユネスコの世界遺産委員会で日本政府が推薦した群馬県富岡市にある「富岡製糸場と絹産業遺跡群」が文化遺産として世界遺産に登録されることが決定しました。国内では14件目の文化遺産、自然遺産を含めると18件目の世界遺産です。

 

 世界遺産は、1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づくもので、人類が共有すべき顕著な普遍的価値を有する遺産を登録。文化遺産、自然遺産、そして複合遺産の三種類に分類されています。

 新たに世界遺産に登録が決定した富岡製糸場などは、文化遺産のカテゴリーに入る産業遺産です。

 

 こうした産業遺産は、産業近代化に貢献した貴重な遺産であるものの、従来は、その価値が理解されにくいこともあって使命を終えた産業設備として破却されてきましたが、近年、その価値への認識が高まり、さらには郷土愛の育成や観光振興など地域の活性化にも結び付く貴重な遺産として世界的に注目されています。

 我が国においても経済産業省が2007年4月に産業遺産活用委員会を設置して国内各地に現存している産業遺産を公募。調査の結果、初年度の2007年度には33の産業遺産群と、その遺産群を構成する575物件を「近代化産業遺産」と認定しています。

 その初年度の2007年度には、製糸遺産群として「富岡製糸場」が「グンゼ記念館」などとともに認定を受け、製紙遺産群では「王子製紙苫小牧工場」が認定を受けています。

 

 こうした状況の中、工業都市であり、全国有数の紙のまちとして発展してきた富士市に現存する鷹岡地区入山瀬地先にある王子エフテックスのレンガ造り建造物は「全国に誇れる産業遺産」とされており、このほかにも市内には認定、後世に残すべき産業遺産があるものと推測されています。

 富岡製糸場の世界遺産登録により産業遺産が注目され、その価値への認識が高まることをチャンスととらえて紙のまち・富士市の産業遺産の再認識と、その保存に取り組むことを願い、以下、三点を質問、回答をお願いします。

 

質問1点目。

 富士市には、現在、国指定が6件、県指定が10件、市指定が61件、このほか国登録3件の計80件の指定・登録文化財があり、その種別は建造物、彫刻、史跡、天然記念物、考古資料などで、産業遺産とされる指定・登録文化財は皆無です。

 この現実と、産業遺産の破却が進んでいることを踏まえ富士市教育委員会は、「全国有数の紙のまち・富士市の産業遺産の発見・保存指針」を策定、文化財審議会の同意も得て可及的速やかに行動に移すべきではないでしょうか。

 

質問2点目。

 市教委は、1993年に財団法人文化財建造物保存技術協会に委託して現存する王子エフテックスのレンガ造り建造物の調査を実施しています。

 王子エフテックスのルーツは、明治時代中期の1890年に富士市初の洋紙製造工場として操業を開始した富士製紙第1工場で、富士市初のみならず日本の洋紙製造の黎明期の工場です。さらに、動力には隣接する潤井川の水力を利用し、操業に合わせて搬送用の馬車鉄道も整備されるなど建造物を超えた産業遺産の価値を有しています。

 当時の市教委は、その産業遺産の価値を認識、広見公園内にある市立博物館の野外展示物の一つとすべく、移築復元の可能性を調査。

 しかし、専門機関に委託しての調査の結果は、「富士市と製紙は切っても切り離せない関係にあり、この建造物を残すことは建築史上からも生きた教材となり、有効な活用が期待される」とする一方、レンガ造りであることから「原型通り復元できるかは疑問が残る」とし、移築しての復元に否定的な見解を下しています。

 報告を受けた市教委は、王子エフテックス、調査当時は新富士製紙が操業中であったこともあって調査のみで終了、移築復元を断念しています。

 市教委が今から20年も前に産業遺産としての価値を認識、調査に取り組んだことは高く評価されますが、現状は保存が担保されていない破却の不安を抱え込んだ産業遺産です。

 現在も操業中であることから保存、活用に向けては幾多の課題がありますが、20年余前の調査後、経営母体が変わっていることも踏まえて市及び市教委として保存を強く望んでいることを会社側に正式に申し出ることが必要ではないでしょうか。

 

質問3点目。

 富士製紙第1工場は、動力に潤井川の水力を利用したことから操業当時のレンガ造り建造物は、秘境的な渓谷美を放つ潤井川渓谷の左岸に建てられています。

 その保存、活用を願う地元鷹岡地区のまちづくり協議会では、工場が操業中で、移築復元も難しいことを踏まえ、実現可能な、当面の活用方法としてレンガ造り建造物を一望できる潤井川渓谷を産業遺産と渓谷美が調和した景勝地に整備、観光スポットとして売り出す案を練り上げ、2010年の鷹岡地区の市長行政懇談会で地元要望の一つとして、その案を提示しています。

 しかし、市の回答は「潤井川は県の管理河川なので…」にとどまり、今日まで何ら進展していません。

 現状を調査、可能性や、その投資効果を把握して整備の必要性を確認したならば県にアプローチ、市と県が連携する中で実現を目指してはどうでしょうか。

 市長をはじめ当局の回答、ご所見をお願いします。

 

 

【現地視察】

 

 10日の現地視察には、山田教育長ら教育委員会の関係者だけでなく鷹岡まちづくりセンターを活動拠点としている歴史サークルのメンバー30人余も参加。二班に分かれ、工場社員の案内で現状を把握しました。

 

 その際、工場側の承諾を得て写真を撮影。その写真をもとに現地視察の状況を記します。


工場入口には1990年に建立された「創業100年記念碑」がありました


 その記念碑に記されていた文面です。

         当時の会社名は「新富士製紙株式会社」でした


           歴史を感じさせる外観です


120年余の時を超えてレンガ造り建造物は現役、操業もしていました


 レンガ造り建造物の内部。

        天井を支える明治時代の技術も残されていました


 レンガ造り建造物は潤井川渓谷の左岸沿いにあります。その産業遺産としての価値の高さと渓谷美に参加者から「オ〜」の感動の声が…


       歴史の重さに圧倒される外観でした

 

 レンガ造り建造物と潤井川渓谷、その場所に到着した際、山田教育長に「この潤井川渓谷の左岸を遊歩道とすれば、操業中でも貴重な産業遺産を見学でき、富士市が全国に誇れる観光スポットになりますよネ」と問い掛けると、「吊り橋を掛けて右岸に渡れるようにすれば岩本山とも接続、素晴らしい観光スポットになりそう」。

 産業遺産としての価値を認識、さらには閏井川の渓谷美を生かした観光スポット化への意欲の発露とも受け止めることができる反応でした。

「…なりそう」と思うだけでなく、ぜひとも、それも可及的速やかに実現に向けての取り組みを願いたいものです。


| - | 18:18 | comments(0) | - |
コメント
コメントする









CALENDAR
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>
SELECTED ENTRIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT