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田邊惠造さん、赤堀實信さん、逝く

 歳を重ねると知人の訃報も多くなる―、これ世の常ですが、この秋も訃報が相次ぎ、ひと際、重い秋です。

 

 整形外科医だった田邊惠造さん、1021日死去、享年82歳。


 田邊さんは、医師会会長を担い、平成10年に保健功労者として富士市長表彰の栄誉に浴していますが、このほか富士市教育委員会の教育長も担い、教育面でも多大な功績を残した方です。

 

 親しく言葉を交わすようになったのは前職のローカル紙の駆け出し記者時代。医師でなく、教育者でもなく、登山家の田邊さんとしてでした。もう30年余も前、田邊さんが県山岳連盟の一員としてアンナプルナ登頂隊に参加、その取材が初対面で、以後、医療や教育の場でお会いする機会が多く、最後にお会いしたのは昨秋の、ある記念イベントでした。

 

「腰を悪くして身長が7造盻未鵑如帖廚氾廷瓦気鵝△匹里茲Δ壁袖いを聴くのははばかれ、「先生、これからも頑張って下さい。自分も、頑張ります」、先生からは「期待しているよ」、それが最後の会話となってしまいました。

 

 1025日に行われた通夜に参列させていただきましたが、生前の交流の広さと、開業医として歩み続けた、その人生の大きさと人を差別しない人柄を具現する形で市内最大の葬儀ホールは満席、立っている方も多く見受けられました。

 

 医療、教育に全力で走り続けた田邊さん、これからも活躍することを信じていたいのですが…。その人生に敬意を表し、「お疲れ様でした」、そういうべきかもしれません。残念ですが…。合掌

 

 

 アマチュア写真家の赤堀實信さん、1030日死去、79歳。


「赤堀さんと初めて出会ったのは…?」、定かではありません。

 自分は取材で、赤堀さんは撮影で、イベントなどで出会うことが多く、いつしか「お久ぶり」「元気でしたか…」、そんな会話を交わすようになり、自分が市議会議員になってからは会うたびに「頑張んなよ」、そんなエールを下さいました。

 

 地道に写真撮影を続け、市展をはじめ各種写真コンクールで風景や日常を切り取った、すぐれた作品を発表、平成23年に富士市教育委員会の教育文化スポーツ奨励賞に輝いています。

 

 訃報は突然でした。家族と訪れた伊東市内の祭りで、神輿の練りの勢いに巻き込まれ転倒、階段から転落して頭部を強打しての死亡。事故死でした。

 

 多分、いつものように満面に笑みを浮かべながらカメラを手に祭りに出掛け、作品になり得る場面を追い求めていた中で降りかかった災難だったと思います。

 

 赤堀さんの作品には、奇抜さはなく、作品に強烈な個性も打ち出さず、あるがままの場面をショット。それでいて何か観る側に幸福感、それを与えてくれるものでした。そこには「写真作品とは何か」の明快な回答がありました。「写真が好き、そして人とのふれあいが好き」、そんな言葉にも置き換えられます。

 

「もう赤堀さんに会うことはできないのだ」、この現実を受け入れるには、もう少し時間がかかりそうです。突然の訃報、ただただ残念、そして無念。合掌


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