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「元少年A」の手記『絶歌』の出版の是非

 1997年に兵庫県神戸市で起きた連続児童殺傷事件の加害男性(32)が「元少年A」の名前で発表した手記『絶歌』(太田出版)が大きな反響を呼び、ネットでも、その出版の是非をポイントに書き込みが相次いでいます。  


 事件とは…。

 

「酒鬼薔薇聖斗」と名乗った少年A(当時14歳)が1997年2月から5月にかけ同じ区内に住む児童5人を襲い、小4の女児と小6の男児を殺害、3人に重軽傷を負わせたもので、猟奇的な犯行の特殊性もあって、この事件により刑事罰の対象年齢を16歳から14歳に引き下げる少年法改正のきっかけにもなっています。

 

 今回の手記『絶歌』は、被害者側の承諾を得ないでの出版であり、被害者の父親は出版した大田出版に弁護士を通じて抗議文を送り、「最愛の子が殺害された際の状況について18年を経過した後に改めて広く公表されることなど望んでいない」と述べ、「重篤な二次被害を与えている」として速やかな手記の回収を求めています。

 

 事件当時、少年ゆえに死刑が適用されなかったことは知りつつも、手記の発表をもって、この世に元少年が存在している事実を突きつけられた被害者や遺族の心境を思えば、まさに「重篤な二次被害を与えている」です。

 

 しかし、出版側は、「少年犯罪が社会を驚愕させている中で、彼の心に何があったのか社会は知るべきだと思った」と出版の意図を説明。ネットでの書き込みでも、それを肯定するものもあります。

 

 地方議員という日々の生活には、情報が次々と押し寄せ、その消化と並行して議員活動に取り組むにあたって入手しなければならない情報もあり、ここしばらく“本”という長文の活字に向き合う時間を確保できずにいたのですが、手記『絶歌』が気になり、ネットで入手。その際、少年Aに関する著書が、これまで数多く出版されており、事件から2年後の1999年に元少年の父母が『「少年A」この子を生んで』(文藝春秋刊)というタイトルの手記を発表していたことも…。

 

 手記『絶歌』は全294ページ。「精神鑑定でも、医療少年院で受けたカウンセリングでも、ついに誰にも打ち明けることができず、20年以上もの間、心の金庫に仕舞い込んできた」として事件前からの性衝動を明かし、犯行に至るまでの自身の精神状況を振り返っています。

 また、後半では2004年に医療少年院を仮退院後、家族と離れて身元を隠し、溶接工や日雇いアルバイトで暮らしていたこと。現実社会の厳しさに直面しつつ、周囲の人々の支えによって罪と向き合い、一方で「自分の物語を自分の言葉で書いてみたい衝動に駆られた」と記し、書くことが生きる支えになっていたことも明かしています。

 そして巻末では、「被害者のご家族の皆様へ」と題し、「どれほど大切なかけがえのない存在を皆様から奪ってしまったのかを思い知るようになりました」と懺悔の思いを…。

 

 自分は、地方議員とともに保護司という職も仰せつかっており、元犯罪者の社会復帰のお手伝いをしています。故に手記『絶歌』という本が気になったのですが、改めて「罪を一時も忘れないでほしい。それが社会復帰の条件」を思っています。

 

「罪を憎んで人は憎まず」といいますが、それを「元少年A」は手記『絶歌』をもって自ら社会に訴え、生きる権利の自己整理を図った、そんな感想を抱いています。「さらに罪を重ねた」、そうとしか思えません。

 

 ただ、悪質、残虐な少年犯罪が社会を驚愕させている中、その原因を探るための一つの資料としての社会的な価値はあるのかもしれません。同時に、犯罪者に自己責任からの逃避概念を与えてしまう不安もあるだけに思いは複雑です。

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