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鎮魂譜、高校時代の先輩、吉野靖さん

 シルバーウィーク初日の9月19日、高校時代の1年先輩で富士宮市山本にお住まいだった吉野靖さんが死去、まだ享年65歳でした。

 葬儀に参列する中、40数年の時空を超え、高校時代の、ある場面が鮮明によみがえり、「悔いを残さない人生を過ごさねば…」、その思いを強くしています。

「地方議員のブログに私的な事は、いかがか」とも思うのですが、吉野先輩との思い出を、しばし…。

 

 吉野先輩は陸上部の先輩でした。決して強い陸上部ではなく、1年先輩は吉野先輩だけでした。

 

 陸上競技には、短距離、中距離、長距離、投てき、跳躍などの種目がありますが、吉野先輩が選んだのは最も過酷な種目である400辰任靴拭「素質がなく、不器用だから」が、その理由で、多くの選手が最も過酷な種目イコール敬遠する種目を選択することによって勝利を目指していました。

 

 しかし、高校3年の最後の夏のインターハイ(高校総体)の地区予選でも勝ち残ることはできず、東部予選で敗退、高校時代の競技生活を終えています。

 

 ところがです。その後も1、2年生に混じって練習を重ね、練習のラストには後輩にストップウォッチを渡して200奪肇薀奪を2周、400辰亮己記録更新を目指し続けていました。

 

 卒業間際の練習で、東部予選を通過、県大会でも入賞できる50秒台前半の自己新を記録。「やっと目標記録を達成できた」、相好を崩しての笑顔が思い浮かばれます。

 その笑顔から走る事ことの意義と、悔いを残さないために自分に挑戦することの尊さを教えてもらいました。

 

 高校卒業後、先輩ということもあってお会いする機会はなかったのですが、今年5月の高校の同窓会総会で40数年ぶりに再会。その同窓会、学年総会ではなく全体総会。役員の指名を受けての参加で、参加者には年配者が多く、同窓生とはいえ卒業年度が違うことから見知らぬ人ばかり。そんな中で「海野〜、久しぶり」と声を掛けてくれたのが吉野先輩でした。

 その場には、陸上部出身者も何人かいて紹介してくれ、そして「陸上部の監督の偲ぶ会が7月にあるから参加しろよ」の誘いを受け、7月に再びお会いし、歓談のひと時を過ごし、「これから毎年、全体同窓会に出席するから一緒に飲もう」。そう約束して、わずか二ヵ月後の訃報。数年前に大病を患い、その後遺症もあっての突然死でした。

 

 葬儀でのお礼の場、子息は、「父は人が好きで、お節介が好きな人でした。遺族にとって急逝は辛いことですが、誰にも迷惑をかけずに逝ったことは父が望んでいたことで、葬儀に多くの方が参列、賑やかに送っていただけることを喜んでいると思います」、そう語ったのですが、「もう少し、お付き合いをさせてほしかった」、そんな思いが澎湃(ほうはい)として湧き上がり、名状しがたい寂寥感に包まれました。

 

 その寂寥感、突然の別れだけでなく、高校時代に貴重な教えを受けながら、それを忘却の彼方へ置き去り、悔いの残る人生を歩み続けていることへの自省の念に駆られてのことです。

 

 卒業間近、春とは名ばかりで寒風吹きつけるグラウンドでトラックを走り続けた吉野先輩、その後の人生は波乱の連続だったようですが、高校時代に会得した「悔いを残さない」、その一念をもって歩み続けたと思っています。

 

「悔いを残さない人生を!」、その誓いを霊前に手向けてきました。先輩への感謝と哀悼の思いを込めて…。合掌

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