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洋画家、池田信一先生の個展が開かれています

 きょう1121日の富士山です。ロゼシアターと中央公園を結ぶ歩道橋上から撮影。ブログの内容とは関係ありません


 

 富士市在住の洋画家で、イタリアやフランス、スイスなどヨーロッパの風景画を描き続けている池田信一先生の「個展」が同市伝法の富士パークホテル1階のプラザギンレイで開かれています。今月24日(火)まで。午前10時から午後5時。鑑賞無料。問い合わせは螢ンレイ商会(筍娃毅苅機檻毅押檻械毅僑掘法


       展示作品の前で…、池田信一先生です

 

 信一先生は1930年、富士市生まれ。静岡大学教育学部美術科卒業後、小学校の教壇に立つとともに岡鹿之助氏や青山義雄氏らに師事。油彩の古典技法の研鑽に励み作品を発表。並行して絵画修復も研究。

 50歳代から絵画ひと筋の道に入り、1983年に敢えて難解さを追い求めず、必要以上のデフォルメも避け、美しい風景を感じたままに伝える作品が東京近代美術画廊の経営者の目にとまり同画廊で初の個展を開催。以後、毎年、同画廊で個展を開いています。

 1988年にはユネスコから派遣され、イタリアのベネチア市に三カ月間滞在して宮殿の壁画修復作業に従事。帰国後も静岡ユネスコ協会副会長としてユネスコ活動にかかわり、絵画修復工房のRestauro.olce(レスタウロドルチェ)を設立。

 一連の創作活動及び社会貢献活動に対して1996年に富士市教育文化奨励賞(現在・富士市教育文化スポーツ奨励賞)が贈られています。

 現在、日本美術家連盟会員、日伊協会会員。

 

 きょう21日、ロゼシアターで開かれる『文芸あれこれ講座』のスタッフとして参加する前、信一先生の個展会場に立ち寄ってきました。

 

 信一先生の面識を得たのは市議就任前のローカル紙の記者時代、もう30年余も前のことです。

 信一先生の母親の池田かつ先生は、戦前は尋常高等小学校の教諭、戦後は富士市の幼児教育の先駆者として活躍し、晩年は消費者保護活動や保護司活動に人生を捧げた女性でした。

 自分は、池田かつ先生、信一先生、親子二代にわたって、あれこれお世話になり、かつ先生は、すでに鬼籍の人となり、信一先生も80歳を超えています。

 

 富士市での個展は、確か2年ぶり。受け付けにおられ、個展開催の案内状を郵送して下さったお礼を述べ、近作である展示作品を鑑賞。

「ちょっと足腰が悪くなって…」と杖を使用していましたが、展示作品には30号の大作もあり、作品群からは「いまなお旺盛な創作活動」、それが伝わってきました。

 

 鑑賞後、限られた時間でしたが、しばし歓談。その中で、絵画をはじめ書道、工芸、写真などの芸術作品を募集する市内で最も権威を有する市主催の公募展『市展』の応募点数が下降線気味であることに話が及び、自分としては応募点数減少の原因を「『市展』の歴史を重ねる中で応募作品が濃厚となり、初心者が応募を躊躇しているのでは…」と分析。それを伝えると、信一先生から「そうですネ。経験に関係なく、もっと気軽に応募してほしいですネ」の言葉が返ってきました。

 

 ベレー帽がトレードマークで、いつも言葉が少ない信一先生らしい返答でしたが、多分、こういう思いを込めたものと受け止めています。

 

「芸術とは、鑑賞とともに、その創作活動も、本来、日常の中にあるべき。経験を問わず、その活動は生きる上で尊い、自己存在の証明である。経験の浅い方も気軽に『市展』に挑戦してほしい」

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