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天間太鼓保存会の吉野雄勝さんに向けての鎮魂記

 富士市の伝統芸能の一つ、天間太鼓保存会の重鎮で、伝統芸能のみならず富士市の芸術・文化の向上にも尽力していた吉野雄勝(よしの ゆうしょう)さんが2月15日に死去、72歳。葬儀は19日に通夜、20日に本葬が行われました。

 公私ともにお世話になった方で、市議会2月定例会中であることから葬儀のうち19日の通夜に参列。読経が流れる中、吉野さんとの初対面時からの思い出が澎湃(ほうはい)として湧き上がり、「立派な、尊い人、富士市の宝を失った」、その思いが悲しさと混交して募り、眼前の遺影が歪みました。

「すべての思い出は歳月とともに忘却の彼方へ」、この世の無常に対峙して「決して忘れまい」、その思いを込めて吉野さんの鎮魂記を、ここに…。

 

 訃報を伝える記事で初めて知ったのですが、吉野さんの本業は吉野プラスチック工業の代表取締役、天間にお住まいでした。

 

 初対面は、自分がローカル紙の記者時代だった昭和60年、天間地区に伝わる天間太鼓の継承と青少年の健全育成、さらに地域振興も目的に天間太鼓保存会が発足した際、その発足の取材時でした。

 吉野さん40代、自分は30代で年齢差はあったものの、初対面時から丁寧に応対していただき、印象は「社会貢献、地域貢献に意欲満々な人」、そして長身でスタイリッシュな風貌は“中年”の自覚を突き付けられる体形に突入した自分にとって羨望ともいえる人でした。

 

 その後、取材を通して、さまざまな場面でお目にかかり、その中、イベント出演だけでなく福祉施設への太鼓演奏慰問や、国際姉妹都市の米国オーシャンサイド市への友好交流演奏などにも取り組んでいることを知り、さらに、和太鼓にシンセサイザーなどを取り込んで天間地区に昔から伝わる吉野長者の娘の伝説をもとにした『金龍(こんりゅう)太鼓』を創作して演奏演目とするなど、その芸術・文化のスキルが非常に高いことも知りました。

 

 そんな中、取材対象を超えて、お付き合いをさせていただくようになったのは平成15年、本県で開かれた『NEW!! わかふじ国体』の開催時です。

 

 富士市では水泳・飛込、少年バレーボールが行われたほか、公開競技としてスポーツ芸術も…。スポーツと芸術の融合を図った競技で、あれこれあって自分もスタッフの一員として参画。官民共働で取り組む中、「スポーツ芸術の一つとしてミュージカル的なステージを」と決定。“言い出しっぺ”の責任をとる形で自分が脚本と演出、さらに出演交渉を担当しました。

 

 その作品名は『2XXX年 宇宙船富士市号』。

 環境破壊や核の脅威で人類は地球を捨て、国単位、都市単位で宇宙船を製作して宇宙空間へ脱出。富士市も宇宙船の第1号を製作し、抽選で選ばれた1,600人が乗船して宇宙へ。

 しかし、目的地がない宇宙空間への脱出。船内での退屈の日々。そうした中、乗船した子供達はDNAを通じてふるさと・富士市の古(いにしえ)の人々が富士山の噴火災害や、祈りをもって疫病と闘い、そして荒廃した戦後、心を一つにして復興を成し遂げ、公害も克服…などの歴史を知り、「もう一度、やり直そう、挑戦しよう」と主張。長老も、その子供達の主張に促されて地球に戻ることを決意。

 ところが、長老が「錨をあげ、針路を地球の富士市に…」と告げた途端、宇宙船富士市号は宇宙の墓場であるブラックホールに…、どう脱出するか…といったストーリーでした。

 

 上演会場はロゼシアターの1,600席余の大ホール。抽選で選ばれた宇宙船富士市号の第1号に乗船した1,600人という数は、そのホール座席数から設定。ステージとホール、出演者と観客が一体となった作品を目指したのですが、構想は「素晴らしい」と自己満足。しかし、それを作品に仕上げるには難儀でした。

 

 そんな中、天間太鼓保存会の代表であった吉野さんが作品の主要部分である“富士の祭り”の場面を担当して下さり、太鼓だけでなく木やり、まとり、祭囃子、曼荼羅踊りなど市内の伝統芸能団体の総力を結集させた祭り場面を作り上げて下さいました。

 さらに、作品全体の制作にも協力して下さいました。

 

 吉野さんの多大な協力、尽力によって上演が実現。上演2時間の、この作品はビデオに収録、400人余の出演者全員に参加記念として配布しましたが、時は流れ、記録であるビデオもDVDの時代となり、今では、作品が制作されたことをはじめ、どのような作品であるのかも忘れ去られています。

 

 それは仕方のないことかもしれません。

 

 だからこそ、この一文をブログに…。「歴史の教科書に載ることがなくとも、滅私奉公の人生を力強く歩んだ人が富士市にはいた」、それを多くの人に伝えたい、そんな思いからです。

 

 自分も、そのような人生を歩みたいと胸に刻んでいるのですが、知人、友人が一人去り、また一人去るという年代に入ったことから落ち込むことが多く、「なんとかしなけりゃ」です。人生修行が足りないのかしれません。

 

 その自省の上に立って「吉野さんから受けた恩に報いるためにも修行を積もう」、この誓いをご霊前に…。

               合掌



吉野雄勝さんが担当して下さった“富士の祭り”の場面です
       (ビデオ『2XXX年 宇宙船富士市号』から)

| - | 21:38 | comments(1) | - |
コメント
吉野雄勝様

以前、地元の祭典で太鼓演奏を披露して下さりました。ご冥福をお祈り致します。
| 一市民です | 2016/05/26 10:08 PM |
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