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総会シーズン、そして別れのシーズンですが…
 先週一週間、総会や歓送迎会が相次ぎました。これから5月上旬まで続きます。総会にしろ、歓送迎会にしろ、新たなスタートと同時に別れの場となり、毎年、感傷的になるのですが、今年は、ある場面で深く感動、「別れも、またスタートだ」、そんな思いを抱いています。
 
 その場面とは、4月22日に富士市消防防災庁舎7階会議室で開かれた「平成28年度富士地区保護司会総会」。委嘱を受けて3年目の新米保護司として出席しました。
 
 会長あいさつ、静岡保護観察所長あいさつ、来賓祝辞、そして平成27年度の事業報告、決算承認、平成28年度の事業計画、予算を決定。
 会長あいさつでは、今村憲一郎会長が今年に入って富士市内で発生した高校生男女による新生児遺棄事件、中学生を含む親子3人の麻薬・覚せい剤使用事件を取り上げながら「保護司の立場から犯罪の撲滅に取り組みたい。富士市では麻薬・覚せい剤犯罪への対応が求められている」と述べ、7月に展開する社明運動(法務省が主唱する社会を明るくする運動)で麻薬・覚せい剤犯罪を重点的に取り組む方針を伝え、協力を呼び掛けました。


  総会であいさつを述べる今村会長(消防防災庁舎で…)
 
 総会の最後には、75歳の定年規定により退任する保護司があいさつ。前会長の太田昭道さんも退任となり、そのあいさつでは、「私は、あと1カ月で任期満潮、退任を迎えるが、今後、OB・OGに呼び掛け、OB・OGの立場から(現役保護司の)皆さんと情報を交換、非行や犯罪に陥った人達の更生に向けてお役に立ちたい」と力強い口調で伝えました。
 
 その保護司の大先輩である太田さんと初めて出会ったのは40年余も前、自分がローカル紙の駆け出し記者の時でした。
 
 太田さんは富士市内の社会福祉法人誠信会に長年勤務。現在、誠信会は、児童養護施設や心身障害者の支援施設、特別養護老人ホームなどの高齢者施設を運営していますが、創立者(故・長谷川明徳さん)と共に、その基礎を築いた人です。
 
 初めて出会ったのは、大淵の岩倉の地で特別養護老人ホーム「富士楽寿園」の建設に向けて職員が森林を開墾、それを伝え聞き、取材で訪れた時でした。
 
 当時、岩倉の地には、すでに岩倉学園があり、現在、岩倉学園は児童養護施設となっていますが、当時は不良行為をしたり、する恐れのある児童や、家庭環境などから生活指導を必要とする児童の入所施設である教護院施設(平成9年の児童福祉法の改正により児童自立支援施設に改称)でした。
 
 開墾現地で長谷川さんから開墾状況と特別養護老人ホームの建設計画を取材、その後、岩倉学園に立ち寄り、施設長だった長谷川さんから施設概要や指導の労苦を、あれこれ聞くことができました。
 岩倉学園に立ち寄ったのは「教護院施設とは…」の興味本位だったのですが、長谷川さんは「ここにいる少年少女は、すでに大人社会を経験しているだけに、指導は大変」と労苦を語りながらも、少年少女の更生事業の重要性を熱く語ってくれました。そして「マスコミの立場から少年少女の更生事業に理解と協力を…。期待しているよ」、そんなエールも…。
 
 長谷川さんが法務大臣から保護司の委嘱を受けたのは昭和51年8月です。多分、岩倉学園が教護院施設から児童養護施設に切り替わるのと同時に少年少女の更生事業をボランティアで担う保護司の立場から継続していく、その想いからではなかったのか、そう受け止めています。
 
 保護観察の重責と難しさに四苦八苦している新米保護司の自分にとって、長年にわたり保護観察を担当している先輩諸氏、そして退任してもOBの立場から非行に走った少年少女や、過ちを犯した人の更生と社会復帰に貢献しようとする長谷川さんの退任あいさつを受け、かつて流行したデュエットソング『別れても好きな人』ではないのですが、「別れても尊敬する人」がいることは「別れも、またスタートだ」、そんな思い抱くことができました。人のめぐり合いに恵まれた自分は幸せ者、それを実感しています。

 
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