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貴重な室伏半蔵さんの道標、地元業者の社会貢献で修復なる
 所在区の富士市鷹岡地区に文政年間から天保年間(1818年〜1843年)の間に建立、現存するも倒壊、破損の危機に瀕していた室伏半蔵(むろふし・はんぞう)さんの道標(みちしるべ)が地元建設業者の社会貢献で修復されました。
 
 きょうのブログは、ちょっと、いや、凄くいい話を…。
 
 室伏半蔵さんは、富士市久沢川久保に住居を置き、文政年間から天保年間の間、十数年の歳月をかけ、旅人のために潤井川の北岸から久沢、入山瀬など富士市北西部にかけて十数基の道標を建立したといわれ、富士市教育委員会の調査で、現在、八基の現存が確認されています。
 
 今回、修復が行われたのは、そのうちの一基、富士市入山瀬3丁目2−33地先の天王社前にあるもので、富士市教育委員会によって『半蔵みちしるべ第三号』と記された標柱が設置されています。



 鳥居前に『半蔵みちしるべ第三号』が
              建立されている天王社(修復前)



    修復が終了した『半蔵みちしるべ第三号』です
 
 200年余の時の流れで道標としての使命は終了しているとはいえ貴重な郷土の歴史を伝える遺産。しかし、天王社境内にある樹木の根に押される格好で、近年、道標が大きく傾き、倒壊、破損の危機に…。
 
 この状況に天王社の管理・運営を担う入山瀬西区や入山瀬天王町区などが今年2月、市に修復を要請したものの、市の回答は「道祖神や題目塔など他の石造物と同様、地元で対応を」でした。
 
 富士市内では、国指定が「富士山」など6件、県指定が「琴平古墳」など10件、市指定が「ディアナ号の錨」など61件、そのほか国登録が「旧順天堂田中歯科医院診療所兼主屋」など3件の80件の指定文化財を数えているものの、石造物関係は「白座禅師の墓」、「善得寺墓群の中の大勲策禅師の墓」、「善得寺墓群の中の太原雪斎の墓」など市指定の3件のみで、しかも石造物ではなく史跡としての指定。
 石造物については、その数が膨大であることに加え、歴史的価値の評価も低く、石造物としての指定は皆無。当然、室伏半蔵さんの道標も指定されていません。
 
 よって「…地元で対応を」との回答でした。
 
 とはいえ修復は素人では困難。重機を投入など業者対応が必要で、「どの程度の費用が必要か」を地元の建設業者に相談したところ、業者の反応は「地域への社会貢献として修復させてもらいます」。
 この建設業者、大手ではなく従業員が数人の、いわゆる中小業者であるものの「修復するなら本格的に…」と基礎からやり直し、烈震、激震の大地震時でも倒壊は避けられそうな堅牢なものに…。
 
 地元の人達は「感謝、感激」。地元の建設業者が奮起しての社会貢献を伝え聞いた自分は「感動」、そして「富士市はいい街だ」です。



       大きく傾いた道標です


          修復後です
 
 一件落着となりましたが、膨大な数の石造物の中でも道標は、宗教的背景を有さず、その建立意図は「世のため、人のために…」であり、何としても、その敬虔な、尊い精神も含め、後世に残すための担保となる指定文化財としたいものです。

 
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