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旧・鷹岡町の政策提言集団「松風会」の総会に出席しました
 きょう6月8日、政策提言集団「松風会」の総会が富士市久沢の社会福祉センター・鷹岡市民プラザで開かれ、多分、市議の一条義浩議員に次ぐ年少会員として出席してきました。
 
「松風会」は、二市一町合併(1966年11月1日)前の旧・鷹岡町区域に在住する行政や教育関係のOB、それに議員経験者や現職議員などで組織。自分、海野しょうぞうは市議に就任した9年前に入会勧誘を受け、会員となっています。会員数は30人余で、会費(年間3,000円)で運営しています。
 
 総会では、平成27年度の事業報告と決算承認、平成28年度の事業計画と予算を決定。これに続いて本年度第1回目の研修として県議と市議の報告、元・市議で松風会の植田祥之会長による「鷹岡の今昔裏話」の講話が行われました。



          鷹岡の今昔裏話を語る植田会長です
 
 県議の報告では、植田徹県議が浜松球場をめぐる川勝知事と県議会自民党の対立軸を解説したほか、富士市内における県が絡む田子の浦港津波対策、新東名開通を受けての内陸フロンティア構想などの現状と課題。
 
 市議の報告は、順番で担当しており、今年は自分が当番。「大渕から久沢北区への移転改築が決まった県立林間学園」と「常葉大学富士キャンパス移転」を取り上げ、その計画や市の対応などをお伝えしました。
 
 一方、植田会長は、現在、久沢の曽我寺にある曽我兄弟の墓所は、かつて上流の念力橋付近にあったものが水害によって流されて現在地に移ったこと、富士市における近代製紙発祥の地である富士製紙第1工場(明治23年、1890年操業)の用地選定は潤井川の豊富な水と紙の原料である木材を入手しやすい地の利が決め手となり、これ以降、旧・鷹岡町の産業が一気に発展したこと、さらに旧・鷹岡町を代表する企業創業者の労苦なども語り、岩松出身で結婚後に鷹岡地区の住人となった新参者の自分には興味津々、後学の極みでした。
 
 60代前半の自分は、世間一般ではオッサンで、年齢分類では、まもなく高齢者。しかし、「松風会」は、その入会対象からして70代、80代が中心で、自分は“若造”の位置付けとなることから「まだまだ頑張らねば…」、総会では、そんな思いを抱くことができました。
 70代、80代であっても元気はつらつ、矍鑠(かくしゃく)とした会員の皆さんに接して元気をもらってきました。
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