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『アート(文化芸術)によるまちづくり』研修の参加報告書です

【一部既報】 自分、海野しょうぞうが所属している富士市議会を構成する会派の一つ、「凛(りん)の会」は、7月11日から同13日まで二泊三日の日程で滋賀県大津市にあるJIAM(全国市町村国際文化研修所)が企画、同所を会場にして開かれた『アート(文化芸術)によるまちづくり』をテーマとした研修に参加しました。その研修報告書を15日に議会事務局に提出しましたので、ここにアップします。

 

 通常、資料関係はスキャナーで取り込み、画像としてブログに組み込んでいますが、解像度を高めるために新たな挑戦(大袈裟ですが…)として表紙など、その一部にダイレクト画像処理を試みました。

 

 とはいえ資料がA4サイズという中、ブログではかなりの縮小となるため、狙い通りになったかは「?」です。

 

 研修報告書はA4判、表紙を含め10ページ。あれこれ雑用があり、期日が決められた依頼原稿の執筆もあって、作成に投じた日数は1日間だけ。議会事務局提出後、今、読み返してみて「もう少し、熟慮が必要だった」との反省しきりですが、市議就任前は、日々、時間との勝負のマスコミ界の端くれに籍を置いた者。「甘い!」と一喝されそうなので、先に記しておきます。

 

    「お粗末で、恐縮しています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

        

 

事例紹介 『大地の芸術祭と地域再生』

    紹介者:新潟県十日町市産業観光部部長 渡辺 正範 氏

 

 今回の研修で『アート(文化芸術)によるまちづくり』として2つの事例が紹介された。

 その1つが、新潟県十日町市の『大地の芸術祭と地域再生』と題した発表。発表者は産業観光部部長の渡辺正範氏で、担当部トップの登壇に十日町市のアートをまちおこしと観光振興に結び付ける“本気度”が伝わってきた。

 渡辺氏は、まず、「大地の芸術祭とは…」について「超過疎化に悩む越後妻有(十日町市と津南町全域の呼称)を舞台に、2000年から始まった文化・芸術のよる地域づくりのアートプロジェクト」と解説。具体的には、川岸段丘や棚田などの美しい里山の自然景観を活かして芸術家と地域住民が協働しての野外の現代アート作品の制作・展示、ワークショップ、パフォーマンスイベントなど。

 開催のきっかけは、新潟県が1994年に日常的な生活圏域である広域市町村圏が連携して行う独創的な事業に対して補助金を支出する「ニューにいがた里創プラン」を打ち出し、その補助事業の採択を受けたこと。十日町市では、圏域自治体と連携して1996年に「越後妻有アートネット整備構想」をスタート。同構想は4つの事業から成り、「大地の芸術祭」も、その一つである。

 取り組みにあたっては、事業目的を「交流人口の増加、地域の情報発信、地域の活性化」とし、2000年7月に実行委員会を設立、実行委員長には十日町市の市長、副実行委員長には津南町の町長が就任。総合プロデューサーには螢戰優奪肇曄璽襯妊ングス最高顧問の福武總一郎氏、総合ディレクターには螢◆璽肇侫蹈鵐肇ャラリー代表取締役会長の北川トラム氏を招聘している。

 3年に1度の開催で、2000年以降、これまで6回開催。渡辺氏の報告によれば、2000年の第1回開催時の参加は28集落、展示は146作品、入込客数は約16万人であったものが、2015年の第6回開催時は、110集落、378作品、約51万人に達している。

 規模の拡大、入込客数の増加による経済波及効果だけでなく、地場産品と全国の若手クリエーターによるマッチングで新しいパッケージが生み出され、2012年のアジアデザイン賞で金賞、銀賞、銅賞を独占。

 この一方で渡辺氏は、200点を数える既存(常設)作品の維持管理や改修で必要となる資金の確保や、回遊交通の整備、案内・誘導体制の整備強化など、今後に向けての課題もあげた。

 そうした課題がありながらも、十日町市のアート(文化芸術)によるまちづくりは、わずか人口5万4,000人の地方都市が果敢に挑戦した成功例として全国的な社会的認知を受けた強みと、主催者(実行委員会)の熱意をもって今後も継続、発展していくことが予想される。

 ただ、その成功の陰には、世界的に著名な現代アート作家で、1960年代には「前衛の女王」の異名をとり、今なお、世界から注目を集めている草間弥生氏(1929年3月22日〜)の作品展示などがあるだけに、「十日町市の取り組みを参考に我がまちでも…」にはハードルが高いと言わざるを得ない。

 

大地の芸術祭の紹介パンフレット(表紙部分)

 

 

 

事例紹介 『古墳を活かしたまちづくり』

   紹介者:大阪府堺市文化観光局

          世界文化遺産推進室主幹 十河 良和 氏

 

 もう1つの『アート(文化芸術)によるまちづくり』の事例紹介は、大阪府堺市の『古墳を活かしたまちづくり』であった。

 堺市は2006年に政令指定都市に移行、人口は83万8,265人(2016年6月1日推計)を数え、自転車、刃物、敷物、注染、和ざらし、線香、昆布加工などの伝統産業も有する関西経済を支える大都市。2016年度当初予算総額は7,280億円、うち一般会計予算は3,856億円に達する。

 ユネスコの世界遺産条約(正式名称は「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」)の制定は1972年で、日本が条約を批准したのは1992年。これ以降、全国的に、持続可能な都市、あるいは都市発展に向けて強力なカードとして世界遺産が注目され、その登録に向けての動きが活発化、都市間競争の様相も呈している。

 こうした中、堺市も2007年9月に大阪府や、羽曳野市、藤井寺市と共同で「百舌鳥・古市古墳群」の世界文化遺産登録に向けて世界遺産暫定一覧表記載候補提案書を文化庁へ提出。これを第一歩に2010年11月に世界遺産暫定一覧表に記載され、2011年5月には堺市と大阪府、羽曳野市、藤井寺市で構成する登録推進本部を設置。

 しかし、登録に向けての一連の動き中、堺市は2011年3月にマスタープラン『さかい未来・夢コンパス』を策定、施策の1つに「歴史文化を活かしたまちづくりの推進」を掲げるものの2013年7月の市民意識調査の「堺の豊かな歴史資源や文化資源を身近に感じることができる」の設問への回答は「そう思う」と「ある程度、そう思う」の合計が42・0%、半数に至らない結果となっている。

 この理由を事例紹介者の十河氏は、「古墳のある風景が堺市の市民にとって日常風景だからでは…」と分析した。

 確かに、堺市内に所在する百舌鳥古墳群は、墳丘長が486辰鮓悗訐こ最大級の墳墓、仁徳天皇稜古墳など44基を数え、羽曳野市から藤井寺市にかけて所在する古市古墳群も45基を数えている。まさに古墳は日常風景である。

 よって堺市の『古墳を活かしたまちづくり』は、市民に向けての4世紀後半から6世紀前半にかけて築造された古墳の魅力、不思議を伝えることからスタート。パンフレットには、樹木が生い茂る小高い森と化している古墳の原型図や築造の狙いなど多角的複眼思考をもって古墳の魅力、不思議を伝えている。そこには1,500年もの間、人々の暮らしと共に数々の危機を乗り越え、今に受け継がれている古墳の普遍的な価値があふれ、浮彫りにした古墳は日本史に新たな1ページを刻むことになりそうだ。

 世界遺産登録に向けての機運を醸成する手段として堺市では、国際シンポジウムや講演会の開催、写真コンテストの開催、現地見学の開催などに取り組み、この市の取り組みに呼応する形で「百舌鳥古墳群の世界遺産登録を応援する堺市民の会」も2015年7月に設立された。

 目的の世界遺産登録は現在進行形で登録には至っていないものの、本質的な目的である古墳を活かしたまちづくりは着実に前進、それを感じ取った。同時に「富士山の世界文化遺産登録、目的達成なるも、我々は、その本質的な目的に目を向けなれば…」、課題を突き付けられた事例紹介と受け止めた。

 

百舌鳥古市古墳群の紹介パンフレット(表紙部分)

 

 

 

 

 

 

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