<< 27日、28日、『第19回市政・議会報告会』を開きます | main | 期待を裏切る民進党…! >>
絵画サークル、信美会の定期展が開かれています

 きょう27日(土)午後6時30分から所在区の鷹岡地区・厚原西区公会堂で、あす28日(日)午後1時30分から鷹岡まちづくりセンターで、議員活動の一環とする「第19回市政・議会報告会」。その最終準備で、テンテコ舞いという中、夕刻からの厚原西区公会堂での報告会に向かう際、伝法の富士パークホテルへ。市内の絵画サークル、信美会の「第24回作品展」を鑑賞するためです。

 

 絵画サークル、信美会は、富士市在住の洋画家、池田信一先生を講師とした吉原まちづくりセンターの絵画講座から1982年(昭和57年)に誕生しています。

 年1回、定期展とする作品展を開き、24回目を迎えた今回展には、会員21人が油彩や水彩の風景画、静物画、人物画などの近作45点を展示しています。

 長年、講師を担う池田先生も『ベネチア』と題した、独特の光あふれる風景画を特別出品しています。

 

       講師の池田先生の作品『ベネチア』

 

     会員の近作が並ぶ作品展会場 〜その1〜

 

     会員の近作が並ぶ作品展会場 〜その2〜

 

 どんなに忙しくても少しばかりの時間があることを「忙中閑あり」といいますが、きょうは「忙中閑なし」という状況の中での絵画鑑賞は、毎年、鑑賞しており、今年パスすると「後悔しそう」、そんな思いからでした。

 

 信美会講師の池田先生は小学校教諭でした。教壇に立ちながらイタリアの風景画を中心とした創作活動を続け、画業ひと筋となってからはイタリアへ。ユネスコから派遣され絵画修復の社会貢献活動にあたるためで、確か、一年くらい滞在していたと思います。

 

 前職のローカル紙の記者時代、自分は、池田先生から絵画を超えた美術史、その教えを受けています。

 さらに、池田先生のお母様、池田かつさん(故人)は、長年、女性保護司として受刑者の社会復帰に、また、消費者相談員として消費者保護に貢献した方で、自分は、「福祉とは…、消費者保護とは…」などの教えを受けています。

 

「後悔しそう」、その思いは、池田先生、池田かつさん親子から受けた恩を思ってのことでした。自分にできる、せめてもの返礼は池田先生のお弟子さんたちの作品展を鑑賞、そんな思いからでした。

 

 会場に出向き、受け付けの方に「池田先生は…?」と尋ねると、「初日のきのうは、お見えになったのですが…。きょうは、お見えになっていません」。先生が高齢であることから「体調は…」と尋ねると、「今は車の運転を止め、移動はタクシーです。でも、元気ですよ」でした。

 

 受け付けの方と、あれこれ会話。その中で「池田先生、昨年、お会いした際、元気がなかったのですが…」に対し、受け付けの方は「先生は無口ですから、そう感じたのかもしれませんネ」でした。

 

 このやりとり、池田先生が聞いたら、ズシリと胸に突き刺さる、こんな言葉が返ってきそうです。

 

「海野さんは、私に比べれば、まだまだ若い。私の事を心配する余裕があったら市民のために、もっと頑張って…」

 

 信美会の作品展は30日(火)まで。午前9時から午後5時、最終日は午後3時まで。入場無料。

| - | 23:14 | comments(2) | - |
コメント
本文と関係ないコメントで申し訳ありません。
本日(8/28)の富士ニュース1面に、「海の玄関整備に尽力」船山啓治郎 田子の浦村長 という記事がありましたが、参考文献 海野庄三著 「地域の歩みと産業ー変革期の道標としてー」とありました。
海野さんが富士ニュースの編集長として活躍していたのは、もちろん知っていますが、このような富士市の発展の歴史に関する本も書いていたのですね。
改めて尊敬いたします。
| アウトライダー | 2016/08/28 8:23 AM |
アウトライダーさんへ

海野しょうぞうです。コメントを寄せ下さり、ありがとう、ございます。
8月28日付け富士ニュース1面で参考文献として使用された『地域の歩みと産業〜変革期の道標として〜』は、20年近く前、小生が富士ニュース社編集部に在籍中、確か富士商工会議所が会議所40周年記念事業として「産業史を中心にした記念誌を」と企画したものです。
当初は、郷土史の第一人者であった鈴木富男先生(故人)に、その執筆の依頼があったものの、鈴木富男先生は「高齢だから」と小生を推薦。迷ったのですが、[詭敝拊棒萓犬和膕舷有∧書きを目指して『県民文芸』などに富士市の歴史(例えば昭和初期に富士山麓に隆盛を誇りながらも忽然と消えた新興宗教の大和同園)を題材にした小説・随筆作品などを応募していた、などから鈴木富男先生に監修役を担っていただくことを条件に執筆の依頼を受けたものです。
しかし、公的機関の産業史、準備、取材を含め2年かかりました。もちろん、本業を抱えて作業だったこともありますが…。
発行部数は、確か4,000部程度で、記念誌ということで一般販売は行わず、会議所会員や関係機関に配布、小生の手元にも10部ほどあったのですが、入手希望者にあげてしまいました。「過去を振り返って懐かしんだら、前に進めない。新たな執筆はできない」、そんな思いからでしたが、今、少々、後悔しています。
しかし、中央図書館などに蔵書となっているようで、「手元になくても、まっ、いいか」です。
産業史ですが、「富士市の誕生から見詰めなければ産業を語ることはできない。先人の労苦も見詰める必要がある」とのコンセプトを通させてもらったことから、一般的な産業史とは、少し違う内容です。図書館などで、ご覧になった際、落胆なさることを想定して、その点を記しておきます。
いずれにせよ、コメント、ありがとう、ございました。うれしかったです。 
| 海野しょうぞうです | 2016/08/28 11:51 AM |
コメントする









CALENDAR
S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>
SELECTED ENTRIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT