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初仕事は日本画家、久保田明宏さんの哀悼パネルの作成

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 昨年12月17日、富士市伝法にお住まいだった日本画家、久保田明宏さん(行年73歳)が死去。久保田さんは前職のローカル紙の記者時代から取材を越えて40年余、親しくさせていただいた方でした。

 その死を受け、今年のパソコン相手の初仕事として久保田さんの哀悼パネルの作成に取り組みました。

 “哀悼”と記しましたが、2010年10月10日に入山瀬浅間神社境内から現在地に移転改築した新・鷹岡まちづくりセンターの誕生にあたって久保田さんが描き、寄贈した『フィールド』と題した150号の大作に込めた思いを未来永劫に伝えるための“作品解説”です。

 各種団体で組織する鷹岡地区まちづくり協議会に提案、承認を得て作成、先日、作品名と作者を記したプレート横に掲示してきました。

 

 長文になりますが、作成、掲示までの経過を以下に記します。

 

 久保田さんは1947年4月23日生まれ。20歳の頃、日本画と出会い、当時は襖絵に象徴される古典絵画を学び、日本画の基礎を習得。

 その後、日展、院展と並び称される創画展を開催している中央画壇の創画会に所属、近藤弘明画伯や池田幹雄画伯に師事して研鑽を積み、1980年に創画会展に初入選して以来、入選・入賞を続け、1999年には大賞の創画会賞に輝き、会友に推挙されています。

 その他の全国的公募展でも数多くの入賞に耀き、2001年には文化庁の「第34回現在美術選抜展」に招待出品、2004年には、その実力とともに後進の育成指導などの功績により富士市教育文化スポーツ奨励賞受賞の栄誉に浴しています。

 

 創作活動草創期は、色彩に強烈な個性を打ち出した写実画を描き、その後、心象画&抽象画の作風に転じ、『スクラップ』『エアポート』『サークル』の各シリーズを発表、近年は『フィールド』と題したシリーズの作品を世に送り出していました。

 

 新・鷹岡まちづくりセンターに寄せた150号の大作も近作シリーズの『フィールド』で、同センターを学習の場としている絵画サークルの講師を担っていた、その関係からの寄贈でした。

 

 鷹岡地区では、明治中期の1890年に潤井川の豊富な水を取り込んでの水車動力を活用した富士製紙第1製造所(現・王子エフテックス)が操業を開始。紙のまち・富士市の近代製紙の第一歩で、富士地域における近代製紙発祥の地とされており、今も創業時のレンガ造り建造物があります。

 この由緒ある歴史を継承、その願いを込めて新・鷹岡まちづくりセンターの建設にあたっては外壁をレンガ風のタイル貼りとしています。

 

 作品の寄贈にあたって久保田さんも由緒ある歴史を取り込み、未来というフィールド(大地)に、今、近代製紙発祥の地から生まれた組み立て式紙飛行機に搭乗した人々が夢と希望を抱いて、この地に着陸しようとする、そんな場面を心象と抽象の混交をもって描き出しています。

 技法的にも、幾重にも岩絵具を塗り重ね、蒔絵技法の一つである研(と)ぎ出しでマチエール(絵肌)の妙を打ち出したオリジナリティに富んだものです。

 

 1年余の闘病の末、黄泉の国に旅立たれた久保田さん自身が、もはや、作品に込めた思いを語ることはできません。

 葬儀の場で、それを思い、「久保田さんが作品に込めた思いを未来永劫に伝えたい。とりわけ次代を担う子供達に…」と作品解説のパネルの作成を思い立ち、まちづくり協議会に提案、承認を得て、今回、掲示となったものです。

 

 一人でも多くの方が鑑賞、久保田さんが作品に込めた思いを知ってほしい、それを願っています。

 

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掲示した追悼パネル前でのツーショット写真、向かって左は鷹岡まちづくり協議会の松田幸雄会長です

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