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子供達の笑顔を追い求めた写真家、齋藤伸也さん逝く

 富士市鷹岡地区の久沢北区にお住まいだった写真家の齋藤伸也(さいとう・のぶや)さんが5月12日午後2時58分、市内の入院先で死去。77歳でした。

 齋藤さんは撮影活動を通しての知人。長く闘病生活を続けながら意欲的に撮影活動を続けていた方で、その闘病生活と撮影活動を知っていただけに昨夜届いた訃報の一報に悲しみを超え、思わず「見事な人生でしたネ」の言葉が出ました。

「齋藤さんを、生涯、決して忘れまい」、この思いを、以下、追悼文の活字としました。

 

ブログ斉藤さん20120430斉藤さん_1079601.jpg

 

在りし日の齋藤伸也さん

 

 齋藤さんと知り合ったのは30年余も前でした。

 

 当時、私はローカル紙・富士ニュースの記者で仕事として報道写真、一方、齋藤さんは市内の企業に勤務しながら趣味として写真撮影に取り組み、撮影スタンスは違ったものの「消防出初式」や「さくら祭り」など写真コンテストを組み込んだイベントで知り合い、ナイスショットを追い求める行動力に敬服、写真仲間との語らいでは和を築くポディティブな人柄にも魅力を感じていました。

 これまで齋藤さんが世に送り出した作品は、未来を担う子供達の笑顔や、親子のふれあいなどをショットしたものが中心で、そこに流れる写真家としてのコンセプトは「何気ない日常の中に幸福がある」と受け止めていました。

 

 そんな中、8年前の2012年(平成24年)4月、齋藤さんから電話があり、「今度、市立中央図書館ギャラリーで写真仲間の鈴木喜春さんと岳南鉄道の企画展をやるので、開催祝い文を頼むよ!」と。

 瞬時、「齋藤さんが岳鉄の写真展…?」と思ったものの、聞けば…。

「3年前、がん宣告を受けた。趣味の範囲を余儀なくされていた生活に、ようやく訪れた退職後の写真三昧の新たなライフステージに襲いかった病との闘い。しかし、失望はしなかった。大病を患ったことで一日一日を大切に生きることの尊さを自覚させられた。この自覚から『何かテーマを決め、しっかりとした作品を後世に残したい』の思いが募り、富士市の産業財産である岳鉄にスポットを当てた作品展を開催しようと決め、撮影を重ねてきた」。

 さらに、「医者から余命半年と言われている」とも。

 

 通常、写真など芸術作品の個展会場に掲示される祝い文は、指導者が担うのが一般的。加えて私は齋藤さんよりひと回り近くも年下であり、その点にも戸惑いがあったものの「断ってはならない」と承諾し、祝い文にしては異例のかなりの長文を執筆しています。

 プライバシーである“闘病中”の表記は避けながら、末尾には、齋藤さんの闘病に立ち向かう姿を意識して「展示されている作品群からは、陽は必ず昇るように、いかなる境涯にあろうとも歩み続ける人生の先には光が輝いている、そんな強烈なメッセージが放たれている」としました。

 

 2年余の歳月をかけ、多面的にショットした岳鉄の写真1万2千枚から厳選した作品150点からなる作品展は大好評でした。

 

 その後、齋藤さんは入退院を繰り返しながらも撮影活動を続け、最後に撮影会場でお会いしたのは2年前、2018年(平成30年)4月、鷹岡地区まちづくり協議会が富士西公園で開いた『第30回鷹岡さくら祭り』でした。

 まつりには、写真コンテストが組み込まれ、コンテスト用に“さくら姫”をモデルにした写真撮影会も行われ、シャッターを押す齋藤さんに「体調、どうですか?」と聞くと、満面に笑みを浮かべながら「切り替えた抗がん剤が合うようで、調子、いいよ」。

 もちろん、つくり笑顔からも、かなり深刻な状態であることは容易に窺い知ることができました。

 

 そのさくら祭りの写真コンテストには、100点を超える応募があり、静岡二科写真部の薩川高宏さんの審査で第一席の会長賞に選ばれたのは、圧倒的に多かったさくら姫作品ではなく、齋藤さんの作品『若武者』でした。

 この作品は、さくら祭りに組み込まれた曽我物語の武者行列の一場面をショットしたもので、「若さにあふれ、祭りを楽しむ様子が伝わってくる」としての第一席でした。

 多分、齋藤さんは、撮影にあたって武者役の中学生に「まつり、楽しもうぜ。自分なりに、ハイ、ポーズ!」、そんな声を掛けてのナイスショットだったのでは…と思っています。齋藤さんでなければ撮影できない1枚です。

 

ブログIMG_5549.JPG

         齋藤さんの作品『若武者』

 

 1週間ほど前、知人から「齋藤さんが危篤状態」との知らせを受けたのですが、新型コロナウイルス感染症対策で面会ができないまま。そして昨夜の訃報でした。

 

 しかし、齋藤さんは遺して下さいました。「人は、死んでも人々の記憶の中で生き続けることができる」と。

 故に、この一文の最後は「安らかにお眠り下さい」ではなく「ありがとう、ございます」とさせていただきます。  合掌

 

 

※齋藤さんのご葬儀は、16日(土)午後5時から近親者のみで通夜、午後6時から一般弔問、葬儀は17日(日)午前10時から、共に富士市青島町239、富士葬祭富士青島で。喪主は夫人の延江さん。

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