平成から令和へ、いざ!、新たな旅たちへ

 平成最後の、きょう4月30日夜、テレビ各局は平成天皇の在位最後の宮中祭祀(さいし)を伝えています。このブログ&フェイスブックを打ち込み中に元号は平成から令和(れいわ、Reiwa)となり、新しい時代を迎えることになります。

 確認されている限りにおいて初めて漢籍ではなく日本の古典(国書)から選定された令和は大化から数えて248番目の元号。この時代の節目に、徒然なるままに、あれこれと…。

 

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 31年前、昭和から平成に変わった時、自分は30代半ばで典型的な会社人間。加えてローカル紙の発行と、名刺から本の出版まで請け負う印刷業務の勤務会社は世代交代期だったこともあって重責を負わされ、さらに編集・印刷の作業工程はアナログからデジタルへの移行期でした。

 日々、押し寄せる仕事に追われ、家族は「我が家は母子家庭」というほどで、自分を振り返ることも、未来を見つめることもできない中で平成を迎えています。

 

 しかし、60代半ばで迎える、いや、迎えた令和。平成を迎えた時とは違い、自分を振り返り、それほど長くはない未来を見詰めています。

 

 決して齢(よわい)を重ねたことによる心のゆとりからではなく、その逆かもしれません。

 ローカル紙の編集業務という特殊性があったにせよ、所詮は会社員でした。それが地方議員となり、この地方議員という職種、記者という立場の外野席から見詰めてきた時とは大違いで、戸惑いの連続、喜怒哀楽の振幅も激しいものでした。寂寥感にも苛まされ、自分を見失って脱線したことも…。

 

 こうした中で迎えた新しい時代、令和。終わりのないエンドレスの西暦に比べて節目のある元号は日本独特の文化といえるのかしれません。決して大袈裟ではなく「新しい人生のスタートに立たせてくれた」、そう受け止め、「日本人に生まれてよかった」との思いも抱いています。

 

 日本国民の象徴として、常に稟(りん)としたお姿を示され続けて退位なされた平成天皇に深い敬意を表しつつ、新しい時代、残された人生、それほど長くはないことを自覚しつつ、自分を見失うことなく、悔いを残すことなく与えられた職責に日々全力、それを胸に刻む令和初日です。

 

 世界が平和の道を歩む時代になりますように…。

 

(※)アップした写真はテレビ各局の映像から撮影したものです。

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結婚記念日、鯛のかぶと煮に初挑戦しました!】

 この時期にしては珍しく、霊峰富士がクッキリ白雪の稜線を描き出し、茶摘み直前の茶葉の透明感を帯びた緑が目に飛び込んだ4月28日、私達夫婦の結婚記念日でした。「記念事業…」というわけではありませんが、何と初の鯛のかぶと煮に挑戦しました。それなりの理由がありまして…。

 

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 結婚式なるものをあげたのは昭和52年(1977年)4月28日。これをとらえて結婚記念日とすれば今年で42回目となりますが、我が家では、子どもや孫の誕生祝いは行っているものの結婚記念祝いは全くなし。で、同居人(妻です)は覚えていると思いますが、娘2人は、4月28日が私達夫婦の結婚記念日であることを知らないかもしれません。

 

 同居人は旅行中、同居している長女夫妻と孫2人は「遅くなるから」とだけいって外出、次女はチアダンスの世界選手権出場チームの監督役でアメリカ滞在中。自宅には自分と室内犬のペコだけ。

 こんな中、早朝、地域の公園清掃に出掛け、その後、1件、依頼事を処理、その岐路に富士山を撮影し昼過ぎ、自宅に…。以後、鯛のかぶと煮に挑戦し、ようやく完成させることができました。

 

 材料の鯛ですが、昨夜、所属している会の会計監査をとらえての年1回の親睦会が所在区内の居酒屋で開かれ、その場で刺身に盛り付けされて出されたものです。

 親睦会は会費制で、会費それなりの料理だと思っていたのですが、何と、最後に出てきたのが立派な鯛の刺身。参加された皆さん、「海野議員の4回目の当選祝いに…」。一気に涙腺が緩み、眼前は歪み、ただただ、ありがたかったです。

 

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 親睦会終了後、「かぶと煮にしたいので…」とオーナーシェフにお願いして頭、尾、骨をもらってきました。出された事情を知っているオーナーシェフ、「はいよ」と二つ返事で持ち帰り用にして下さいました。

 

 さて、自宅での調理は、冷蔵庫にあるものを電子レンジで「チン」するか、熱湯を入れるカップ麺だけという者にとって、かぶと煮は知っているものの、その調理方法は、当然、「ハテナ?」。

 この点についてはネットで調べてクリアできたものの、調理の段階になると、醤油以外、砂糖や酒の場所探しからスタート。「包丁で細かく刻んで…」と記されていたショウガについては冷蔵庫になかったことからチュウブのおろし生ショウガを代用品とし、悪戦苦闘すること1時間。どうにか完成にこぎつけました。

 

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 サプライズの当選祝い、いただいた皆さんの気持ちを生涯の宝にしたい、その思いの発露として「一片たりとて無駄にしたくない」と持ち帰り、挑戦した初の鯛のかぶと煮。もちろん、自分にとって最高の料理であり、人生最高の、思い出に残る、残さなければならない結婚記念日となりました。

 

 当選を経て5月1日に新たな4年間の議員任期がスタートしますが、自分に課せられた使命を見失うことなく、市民の代弁者として議員活動を…、それも改めて胸に刻んだ出来事でした。

| - | 21:45 | comments(0) | - |
選挙終了後も、あれこれと…、保護司総会に出席

 4月は総会シーズン。21日に富士市議会議員選挙の投票が行われ、4期目挑戦が終了して「ヤレヤレ」となったものの、それもつかの間、あれこれと公務に追われています。

 26日には消防防災庁舎で開かれた平成最後の「富士地区保護司会総会」に出席。総会冒頭に「ちょっとだけ顔見せ」の来賓ではなく、保護司当事者としての出席のため滞在2時間余、ここにきて選挙の疲れが出てきたのか議案書の文字も次第にかすみ出すなど睡魔との闘いでした。

 

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 総会冒頭の挨拶で勝亦治男会長は、新年度は富士地区保護司会の課題となっていた新人保護司のスキルアップ機能も担うサポートセンター開設に取り組むことを伝えながら福祉面だけでなく教育や就業にも力点に置いての保護司活動に取り組むことを呼び掛けました。

 

 議事では、平成30年の事業報告、決算・監査報告に続いて31年度の事業計画や予算を決定。会則の改正や役員選任も行われました。

 

 保護司とは、保護司法と更生保護法に基づき法務大臣から委嘱を受けている非常勤の無給の国家公務員。犯罪や非行に陥った人の更生を任務としています。

 

 富士市内で委嘱を受けているのは108人で、6年前に「保護司に…」の依頼が舞い込んだ時には、正直、「困った」でした。「自分にできるだろうか」、さらに「市議活動と並行して、その任務を遂行できるだろうか」の不安もありました。

 

 しかし、富士市議会では、その時点で数人が保護司を担っていたこともあって「後任が見つかるまで…」と承諾。研修を重ね、ケースも担当するようになって改めて「大変だ」ですが、「誰かがやらなければ…」と、日々、奮闘中です。

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富士市のチアダンス・C-STARスタジオ、世界に挑戦!

 まず先に、このブログとFacebook、出発日の4月21日の日曜日にアップしたかったのですが、投票日(富士市議会議員選挙)当日の更新が公職選挙法で禁止されていることに加え掲示板の自己紹介に「富士市議会議員・海野庄三」と記していることから、2日遅れでのアップとさせていただきました。

 

 娘2人(海野幸、海野三和)が主宰するチアダンス・C-STAR(シースター)スタジオの中学生編成チーム『T-girl』が21日、アメリカに旅立ちました。フロリダ州ウォルトディズニーワールドリゾートで開かれるICU(国際チア連合)主催の「チアリーディング世界選手権大会」に参加するため。帰国予定は5月1日です。

 

 すでに今年2月に小学生以下の編成チームが世界選手権に参加していますが、今回の中学生編成チーム『T-girl』は日本のナショナルチームとして派遣された、とのことです。

 

 出発日の21日午前8時半から富士宮市内の富士山本宮浅間大社で安全祈願、同9時に大型バス1台にスタッフや保護者の一部を含め40人余が乗り込んで出発。その安全祈願・出発式に臨んできました。

 

 娘は選手ではなく、指導者であり、世間一般でいうところの“親バカ”ですが、選手は日本代表として学業を休んでの参加だけに、「保護者の皆さんに参加へのお礼を」、そんな思いもあってのころです。

 もちろん、お礼は「姿を見せるだけ」でしたが…。

 

 安全祈願を終わり、浅間大社駐車場で待機していた大型バスに乗り込む直前、後輩が見送りのパフォーマンスを繰り広げ、サプライズの演出だったこともあって子供達の心の交差は感激・感動ものでした。

 

 アメリカ着後、本番に備えての練習やリハーサルなどがあり、帰国するまでの間、自由行動は1日間だけ。「ちょっと気の毒だな」と思いますが、大会結果はともかく、元気で、満面に笑顔を浮かべて帰ってくることを願っています。

 

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| - | 18:28 | comments(0) | - |
ありがとう、ございます。富士市議選、当選です

 4月14日に告示された任期満了に伴う富士市議会議員選挙は21日、投票が行われ、5月1日から4年間の任期がスタートする新市議32人が決定しました。

 

 立候補者は、定数より1人多い33人にとどまったものの、全員それなりの態勢をもっての少数激戦という中、4期目挑戦の自分、海野しょうぞうの得票は3623票で、トップ当選と21票差の第2位当選でした。

 

 この得票3623票は、過去最多だった初挑戦時の3611票を上回り、しかも初挑戦時の投票率が55.01%であったものが今回選は42.56%と、実に12.45ポイントも下回る中での記録更新でした。

 

 ただただ感謝あるのみ、そして票の重さ、責任の重さを胸に刻んでいます。

 

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       鷹岡地区後援会の松田会長です

 

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 事務長を担っていただいた篠原さん(中央)と渡辺さん(左)です

 

 

 ほぼ開票作業が終了し、当確が打たれた21日夜半、選挙事務所にお借りした厚原西区公会堂に出向き、集まって下さった支援者の皆さんにお礼を述べてきました。

 

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 感謝の思いを込め、以下、長文になりますが、記憶をたどり、述べたお礼の言葉を記します。

 

 

    【当選お礼】

 

 まだ、確定は出ていませんが、当確を受け、一言、お礼の言葉を述べさせていただきます。

 まず、今回選における、道端に転がっている石ころのような凡人の私ごときへの皆様の絶大なるご支援、そしてボランティアでの選挙運動へのご協力、深く、感謝申し上げます。

 今回は4期目を目指しての挑戦でしたが、私の得手勝手な事情により大きく出遅れました。過去3回の選挙戦は、皆さんに、ご迷惑をお掛けしたくない、その思いから選挙半年前、10月頃から知人・友人に支援を求めてきましたが、今回選で動き出したのは2月に入ってからでした。

 これにより、過去3回の選挙と比べ、支援を要請できたのは3分の1程度。「厳しい結果が下されるのでは…。それも自業自得」と覚悟していたのですが、その予測を上回る開票結果は、皆さんの勝利、引き続き胸に付けることができる、この議員バッチも、皆さん、お一人お一人のものです。

 同時に、今回選では、皆さんに、お金がある、なしに関わらず、肩書や家柄が、どうの、こうのに関わらず、政治に関心と情熱を持つ人を輩出できる選挙風土づくりもお願いしましたが、選挙結果は、その一里塚を築くことができた、そう受け止めています。

 最後に、これからの議員活動に向けて申し上げます。

 現役の詩人である谷川俊太郎さんは『学ぶ』という作品で、「どんなに目を見開いても見えぬものが、閉じることで見えてくる」と記しています。福祉でいえば、車椅子使用など事象としてみえるハンディを持った方々だけでなく、いじめを原因とした不登校の子供たち、働きたくても働くことのできないひきこもりの若者たち、通常では見えない、そうした方々も、しっかりと見詰め、誰一人として置き去りにしない富士市を目指して議員活動に取り組んでいきます。

 皆様が下さったご支援、ご恩、「決して忘れまい」、そう胸に刻んでおります。ありがとう、ございました。

 

【開票結果】

https://www.city.fuji.shizuoka.jp/shisei/c1704/rn2ola000001y43k.html

 

| - | 02:51 | comments(0) | - |
富士市議会議員選挙運動が終了、あす21日投票!

 4月14日に告示された任期満了に伴う富士市議会議員選挙は、きょう20日で7日間の選挙運動が終了、あす21日に投票、夜半には新市議が誕生します。

 

 今回選は定数32に立候補は33人でしたが、全員、それなりの態勢を整えて選挙戦に臨んだことから少数激戦に…。4期目の挑戦となる自分、海野しょうぞうは、諸事情により前3回に比べて大きく出遅れ、不安のまま選挙運動を終了しました。

 

 しかし、不安を抱きながらも遊説カーでの選挙運動終了時間直前のマイク納め、こんな言葉を述べました。

 

「新聞記者時代、マイク納めの場面で候補者や選対責任者が『これからが当落の勝負。投票箱の蓋が閉まるまでが選挙。電話1本でもいいから、あとひと押しをお願いしたい』といった要請をする場面を数多く見てきましたが、私は、しません。道端に転がっている石ころのような存在でしかない私ごときへの、これまでの皆様の支援は十二分すぎるくらいです。この選挙戦の最後に、皆様にお届けします。ありがとう、ございました」

 

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 支え、共に選挙戦を戦って下さった、すべての皆様に、改めて「ありがとう、ございました」。

| - | 22:17 | comments(0) | - |
富士市議会議員選挙、きょう20日最終日です

 4月14日に告示された任期満了に伴う富士市議会議員選挙は、きょう20日が運動最終日、あす21日、投票が行われます。

 

 今、20日午前3時。前日19日午後7時からの鷹岡まちづくりセンターでの「個人演説会」に臨み、バタンキュー状態で寝込んでしまったのですが、ネット選挙解禁を受け、「毎日、更新する」、そう決めたことが脳裏にあったのか自然に目が覚め、この時間にパソコンに向かっています。

 

 公共施設を使用しての「個人演説会」の開催は1回のみとされており、昨夜の鷹岡まちづくりセンターでの「個人演説会」は遊説カーからの呼び掛けのほか選挙はがきにも記したことからたくさんの方がご来場下さいました。

 

 清き1票を投じて下さることをお願いしたほか、再び市議会に送り出して下さったならば次の2点を履行することをお伝えしました。

 

「出た杭は打たれるものの、出過ぎた杭は打たれない。その根性をもって議員活動に取り組む」

 

「言いにくいことを、言いにくい場所で、言いにくい人にぶつける。この政治姿勢を市民代表として貫く」

 

 選挙運動最終日となる、きょう20日は、遊説カーで市内全域を回って呼び掛けるほか、午後5時から久沢北区公会堂前、午後6時から鷹岡本町2区公会堂前で街頭演説を行うことになっています。

 最終日、悔いを残さない選挙運動となるよう、頑張ります。

 

(※)アップした写真は、いずれも昨夜の「個人演説会」の様子です。

 

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富士市議会議員選挙5日目、初の辻立ちに挑戦しました

 富士市議会議員選挙運動5日目の、きょう18日、初の辻立ちに挑戦しました。

 

 これまで通常の議員活動は後援会だよりで報告、過去3回の選挙戦では遊説カーや街頭演説、それに個人演説会などで公約をお伝えして支援を要請してきました。

 

 こうした中でのパフォーマンス的な辻立ちについては、「意味があるだろうか」のほか、「有権者の皆さんが、どう受け止めるか」について自己解答を見つけることができず、過去3回の選挙戦では取り組んできませんでした。

 

 しかし、4期目を目指す今回選は、諸事情があって大きく出遅れ、準備不足のまま選挙戦に突入。焦りが募る中、「認められた選挙運動なら何でもやるぞ」、その思いからの初の辻立ちへの挑戦でした。

 

 1人で選挙事務所の近くの交差点に立つ予定でしたが、ボランティア運動員の方々も自主的に参加して下さり、勇気百倍、ありがたかったです。

 あす19日にも選挙運動解禁時間の午前8時から選挙事務所の近くのコンビニのある交差点に立つ予定です。

 

 また、19日には公共施設使用が1回だけ認められている個人演説会を午後7時から鷹岡まちづくりセンターで開きます。ご参加下さることを切にお願い致します。

 

※) アップした写真は、きょうの富士山、初の辻立ち、夕刻の街頭演説(2カ所)、個人演説会の開催を伝える選挙ハガキ、今回選から使用が認められた選挙ビラ(裏、表)の順です

 

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| - | 23:29 | comments(0) | - |
富士市議会議員選挙、挑戦4日目も、あれこれと…

 4月7日に告示となった富士市議会議員選挙は、きょう17日が4日目、後半戦に突入で、きょうも、あれこれとありました。

 

 遊説カーは午前8時に選挙事務所を出発。きょうの遊説方面は出身地である岩松方面が中心であったことからドライバーさんが「大丈夫?」を繰り返すほど軽自動車専用路線のような路地を走り回り、岩本山公園でトイレ休憩した後は思い切って万野地区まで行ってきました。

 

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 万野地区は、実相寺西側の山道の奥にある集落。毎年1月のどんどん焼きには子ども達だけで竹を買いに行った場所。懐かしさもあっての訪問でしたが、ドライバーさんやウグイス嬢が「こんな山奥に本当に集落があるの」と聞くほどの場所です。

 

 到着後、マイクを握りしめ、子どもの頃の万野地区に対する思い出を伝えながら支援を呼び掛けてきました。

 

 続いて必勝ダルマを届けてくれた幼なじみのN君宅へ。お礼を兼ねての挨拶で遊説途中に訪れたのでが、丁度、自慢の鯉のぼりを庭に高々と揚げる作業中。子や孫の成長を喜ぶ思いが募って、毎年、この時期に早々と揚げており、それも一人息子、それに、いずれも男児の孫第1子、第2子、第3子の計4セットもの鯉のぼり。今では、周辺界隈の、この時期の風物詩になっているようです。

 

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 夕刻には、街頭遊説があり、その後、遊説カーを下車して月例の区長会に出席。きょうばかりは途中で抜け出し、事務所スタッフの車に乗せてもらって事務所に戻り遊説カーの帰着をお出迎え。立候補者なのに遊説カーの帰着をお出迎え、何か不思議な感覚でした。

 

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 選挙運動も、あと3日間。明日からは、選挙運動開始後、しばらくの時間、立候補者たすきを着けて地区内の主要交差点に立ち、通勤車両に最敬礼することになっています。“辻立ち”と呼ばれるもので、どれほどの集票になるかは分かりませんが、市議選4回目にしての初の挑戦です。

 大きく準備が出遅れた今回の選挙、「認められた選挙運動なら何でもやるぞ!」、そんな思いからの挑戦です。

| - | 23:58 | comments(0) | - |
富士市議会議員選挙、挑戦3日目

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 富士市議会議員選挙(投票4月21日)の3日目の、きょう16日、やっと長い1日が終わりました。

 

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 遊説や街頭演説、会合の場に飛び入り参加など、あれこれ移動。

 

 遊説の途中では、吉永北地区で明治から大正にかけての児童文学者である俳人、巖谷小波が赤渕川の猿棚の滝を詠んだ句碑に久々に“ご対面”。その現地で高齢者から、あれこれ要望も…。

 

「当選させていただいたら解決・改善に向け、最大の努力をします」と答えてきました。

 

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 夕食をとるため事務所に戻ると、何と、手作りの巨大な“激励クッキー”が…。うれし涙がポロポロでした。

 

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 午後7時からの街頭演説では、顎に疲労が蓄積しているためか活舌が悪くなり、それを意識過ぎて舌を2回ほど噛み、もう最悪、最低の演説に…。で、演説の最後は「スミマセン」で締め括りました。

 

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 明日は、さてさて、どうなるやら…です。

| - | 23:45 | comments(0) | - |
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